「トラベルスクエア」良い民泊も消える?
2018年5月22日(火)配信
民泊に関することなので、微妙なのだが、我が友人のことだ。
大学同門で、年は10歳ほど離れているが、なぜか生きているリズム感が合うので断続的に付き合ってきたY君は、30過ぎに渋谷で写真専門学校を興し、さらに声優学校、コピーライター養成校など次々と専門学校を立ち上げ成功を収めてきた。そんな彼も還暦。学校事業を優秀なスタッフに任せ、ご本人は前から世田谷区に持っていたビルの物件を活用して、やりたかった個人的なビジネスを展開することにした。
人生からリタイアするのではなく、別の形で人と人をつなげられるビジネスに挑戦しようという心意気はいかにもY君らしい爽やかな生き方だ。
具体的に彼が取り組んだのは、オーガニック系の素材を使った軽食をメインとする気軽なカフェ、そして地域密着型の本屋さん、そしてビルの上層階4部屋を使っての民泊事業だった。
Y君、さすが成功した経営者。民泊事業も事前に勉強を重ね、エアビーにもきちんと加盟、するするとオープンにこぎつけた。民泊関連の規定にある家主定住型でこそないが、ほとんど毎日カフェのマスター、本屋の店員、そして民泊のホストとして来ているから、泊まりに来るお客さんとの接触もきちんとしている。学校事業という、それこそ人にまみれる仕事を30年もやってきたから話題にはこと欠かない。彼の人柄を慕ってくる常連客も当然ついてくる。フェイスブックなどで、毎日「大変だ、大変だ」と呟きながらもシーツの洗濯をして干している姿など、楽しそうだった。事実、開業1年満たぬ間に東京のベスト民泊に選ばれるほどだったのだ。
それが突然、民泊事業からの撤退を発表した。 真相は民泊業法の改正。6月には施行される規制では、営業が年間180日に制限されてしまう。「いくらなんでも営業日数が半分になってはやっていけない。宿泊代を倍にするわけにもいかないし」とY君、無念の弁だ。事業家らしく、閉業の決断は早く、4部屋は若干の改装のうえ、賃貸物件としてまき直しだ。
民泊にたくさんの問題点があることは認めなければならないが、Y君のような好ましい事例まで規制の網にひっかけるというのには、若干、理不尽な感じも受けた。
営業日数規制ではない形のやり方はなかったものか。それに週末中心に営業を認めるというのだと、ますますレジャーの週末集中に拍車をかけることになるではないか。
大儲けができるから、というのではなく楽しいから仕事を始めたというY君のホスピタリティ精神が、「悪貨的」不動産業発想の民泊事業で駆逐されるというのは、まこと困ったことだ。といって、当面、いい知恵は出てこないし。
(跡見学園女子大学観光コミュニティ学部教授 松坂 健)
コラムニスト紹介
跡見学園女子大学観光コミュニティ学部教授 松坂 健 氏
1949年東京・浅草生まれ。1971年、74年にそれぞれ慶應義塾大学の法学部・文学部を卒業。柴田書店入社、月刊食堂副編集長を経て、84年から93年まで月刊ホテル旅館編集長。01年~03年長崎国際大学、03年~15年西武文理大学教授。16年から跡見学園女子大学教授、現職。著書に『ホスピタリティ進化論』など。ミステリ評論も継続中。