〈旬刊旅行新聞7月1日号コラム〉変わりゆく買い物のスタイル 旅は永遠に「行く」商品である
2018年6月30日(土)配信
九州の小さな町で生活していた幼いころ、毎日母親と買い物に行くのは、家から歩いて2分ほどの個人商店だった。
その店は子供たちの駄菓子屋も兼ねていたので、お菓子やアイスクリームなどの種類は豊富にあった。10畳ほどの狭い売り場には、醤油や豆腐、砂糖、塩などのほかに、ノートや鉛筆、洗剤などが必要最低限の品数で売られていた。昭和のノスタルジックな風景である。
近隣は農家が多い地域だったので、その店ではお米や野菜は扱っていなかった。だが、小さな棚にあんパンや、クリームパンが並んでいたのを思い出す。肉を買うときには、母親の自転車の後ろに乗って、少し離れたスーパーマーケットに行かなければならなかった。魚介類はリヤカーに魚を並べたおじさんが売りに来た。
小学生になったとき、小さな店の斜め前にスーパーマーケットが開店した。肉も野菜も、薬局も、雑誌もそろっていた。パンコーナーにはあんパンとクリームパン以外にも、美味しい、おしゃれなパンがたくさん陳列されていた。子供も、母親たちも、新しくオープンしたスーパーばかりに行くようになった。小さな駄菓子屋はひっそりと店を畳んだ。
¶
そういえば、本屋も小さかった。駅の近くにあった棚が5つほどしかない本屋で読みたい本を選んで買っていた。ある時期から急速に大規模店舗が街に増えてきた。同じように広い書店もあちこちに建った。中学生になった私の行動範囲は飛躍的に広がり、大きなスーパーマーケットや書店で自分のほしいものを手に入れる自由を得た。
あの小さな店の斜め前に建ったスーパーマーケットも数年で店を閉めてしまった。開店当時、驚くほどにぎわっていたのに、より大きなスーパーマーケットが国道沿いにできると、すぐに廃れてしまった。小さな店が大きな店に呑まれ、さらに大きな店に呑まれていく町の変化をまざまざと見せつけられた。
¶
今は大型ショッピングモールが日本各地に散在している。けれど、大型店舗は買い物に行くだけで疲れるし、ひと通り何でもそろうが、本当に欲しいものは、そこにはない。むしろ、適度な売り場面積で、新鮮な食材が手に入る近場のスーパーマーケットの方が使い勝手がよい。
最近は、趣味に関するこだわりの逸品や、本、服なども、インターネットで買うことが増えてきた。ネットでの買い物に慣れると、どんな大型店舗であっても選択肢の少なさに不満を覚えてしまう。不思議な感覚だ。
「幼少時代の方が悩むこともなく、幸せだったのかもしれない」と思うほど、ネット上の商品は無限にある。買い物は店に行く時代から、ネットで購入し運送業者さんに届けてもらう時代へと様変わりしている。とても便利になったが、無限の品から選ぶ手間が増えた。
¶
買い物のスタイルが急激に変化するなか、「旅行を買う」スタイルも大きく変化している。航空券や宿泊予約は、手元のスマートフォンで簡単にできる。前もって口コミ情報を入手し、周辺の観光や、グルメ情報も詳細に得ることも可能になった。ただ、旅はモノとは違い、買った商品(旅)を自ら動いて体験しに行かねばならない。楽しくもあり、煩わしくもある。旅は永遠に「行く」商品であることが、今後さらに着目されるはずだ。
(編集長・増田 剛)