人工乳房で温泉に行きたい~乳がん患者の願いを“おっぱいリレー”でつなぐ~
オーダーメイドの人工乳房をつくる「池山メディカルジャパン」(池山紀之代表取締役)は10月17日から31日まで、シリコーン製の人工乳房が全国の温泉や温浴施設に浸けても大丈夫なことを確認する「おっぱいリレー」を実施した。乳がんによっておっぱいをなくしてしまった女性たちにも「温泉旅行を楽しんでもらいたい」(池山氏)との思いが全国的につながり、新たなネットワークが生まれている。池山氏は今後、「乳がん患者にやさしい宿」のリスト作りにも取り組む考えだ。
<乳がん患者に優しい宿、ネットワークをつくろう!>
10月1日から、社名をウロメディカルジャパンから「池山メディカルジャパン」に変更しました。「ウロ」とは泌尿器という意味で、男性の前立腺肥大を直す特殊な医療機器の開発を行う会社として2003年1月に設立しましたが、現在は乳がん患者さんのために人工乳房を作ることが事業の中心となっています。
人工乳房を作るきっかけとなったのは、私の妹が乳がんを患い、家族で温泉旅行に行ったときに彼女だけ「温泉に入ることができなかった」と知ったからです。私自身、以前は指や耳を失った人のためにシリコーン製の指や耳を作っていた経験もあり、なんとか妹のために人工乳房を作ることができないものかと必死で研究を進めました。
そして05年に、乳がん学会で初めて私たちが作った人工乳房をお披露目しました。世界中どこを探しても、見た目も、触感も本物そっくりの人工乳房(シリコーン製)がなかったために、学会の先生方に非常に大きな注目を浴びました。想像を超える高い評価を受けたことで、大きな手ごたえを感じ、本格的に事業化することを決意しました。会社設立当初に取り組んでいた男性の尿道圧迫を解消する機器の方は医療用具のため、厚生労働省の許可が下りず、断念したところでした。
人工乳房は06年から販売を始めて、現在6年目になりますが急成長を続けています。昨年(10年)は約500人、累計で約1200人の人工乳房を作ってきました。年々倍増しており、今年は1千人ほどの予定です。
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人工乳房を作り始めた05年ごろ、医療業界では乳がんの専門医や、専門の看護師の資格制度が時期を同じくしてスタートし私たちの仕事は時代の流れにぴったり符合したのです。専門医や看護師の方のほとんどが私と同年代か、もう少し若い世代だったのでとても仲良くなれ、今でも医師から多くの患者さんを紹介していただいています。
乳がんは助かる率が高いのが特徴です。年間約5万人の女性が胸の切除手術や温存手術を受けられ、8割以上の方が元気になります。そうすると、「その後の人生をどう生きるか」が大きな問題になってきます。乳がんの手術をして乳房を取り除いたり、傷つけてしまったあとに、残念ながら離婚をしてしまうケースも多いのです。そして一番多い悩みが、「温泉に行けなくなる」ということなのです。現在、50―60万人の方々が乳房を失って生活しています。今後も毎年約4万人ずつ増えていきます。そのほとんどの方々が「温泉旅行に行けない」状況に置かれているのです。
患者さんの生の声を聞くと、患者さん自身が「傷跡を見られるのが嫌だ」という思いよりも、一緒に入った他人が自分の傷跡を見てびっくりさせてしまうのが申し訳ないと感じる方が多いのです。私の妹も、「自分は大丈夫だけど、母親が悲しむ顔を見たくない」と言うのです。また、不思議なのですが「おっぱいがあったときは、個室露天風呂がいいなと思ったけど、手術をしたあとは広い大露天風呂に入りたい」と皆が口をそろえて話すのです。
元気な乳がん患者さんと、その家族や近しい方々を含めると約200万人以上の人が温泉に行くことをあきらめています。旅館の経営者や女将さんは彼女たちの生の声を耳にすることは少ないと思います。まずは、こんな現実があることを知ってもらいたいのです。そうして、旅館がこれまで温泉に行けなかった乳がんの患者さんの希望を叶えてあげてほしい。私たちはそのお手伝いをしていければと思います。
医師や看護師さんは、患者さんから「どこか私たちでも入れるような温泉を知りませんか?」とよく聞かれるそうです。しかし、全国の旅館のことを知っているわけではないので、今度は私が彼らから「どこの旅館に行けば、安心して温泉に入れるのか」としばしば質問されます。ですから私は乳がん患者さんを快く受け入れてくれる温泉旅館の「リスト」を作りたいと考えています。患者さんを受け入れてくれる旅館にも元気になってもらいたい。旅館さんにはぜひ手を挙げていただきたいと思います。
<10月17日から全国で「おっぱいリレー」>
今年1月にある看護師から、「兵庫県の温泉を訪れた患者さんが『温泉に入っても大丈夫だろうか』」という相談があったと連絡をいただきました。もちろんお風呂や温泉にも入れるように作ってきたので、患者さんにも、医療関係の方々にも「安心してお風呂や温泉に入れますよ」と説明してきました。しかし、患者さんのなかには「人工乳房をつけたまま、温泉に入っても変化しないか」と不安に思う方も多いのだと気づいたのです。一方、旅館の中にも人工乳房を温泉に浸けることでお湯の色が染まったりするのではないかと思う方もいらっしゃるのではないでしょうか。
そこで、全国の温泉に実際に人工乳房を浸けて大丈夫なことを確かめる「おっぱいリレー」を10月17日から31日までスタートさせました。30分ほど温泉の浴槽に浸けて、「色」や「かたち」に変化がないかを検証し、クリアした温泉には認定証を贈るというものです。全国紙をはじめ、さまざまなメディアにも大きく取り上げられ、95軒の温浴施設が参画しました。多種多様な泉質で試すことができ、多くの施設にご理解をいただくことができました。この「おっぱいリレー」で私たちの活動が温泉旅館など宿泊業界や患者さん、一般の方々まで少しずつ広く知られるようになってきました。来年はもっと多くの温泉旅館にも参画していただきたいと思っています。
今回のリレーでは、「脱衣所についたてや、体の洗い場に仕切りがついているか」などのアンケートも実施しました。小さな心配りですが、乳がん患者さんには大きな救いになるのです。また、明るすぎる照明を少しだけ落としたりすることでも温泉に入りやすくなるのです。お着替えの場所と、体を洗う場所が目立たなければいいのです。それだけです。
そのほかにも、「ピンクリボン運動」に協力していますよ、という小さなパンフレットがロビーやカウンターに置いてあったり、ポスターを貼っているだけで、「お宿が理解してくれている」と安心できるのです。本人でなくても、家族の方が目にしたとき、患者さんに紹介することができる。お宿さんにとっても他館と差別化できる部分ではないでしょうか。このような提案をしながら「乳がんの女性にも優しい宿」といったようなリストアップをして全国の病院に配布する活動をしていきたいと思います。
温泉に行けるようになった患者さんから温泉に入っている写真を送ってきてくれるんです。本当にうれしかったのだと思います。そして1度行って安心できると、彼女たちは「2カ月に3回行った」というように、これまでに行けなかったぶんを取り返すように、以前よりもたくさん温泉に行かれるのです。
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乳がん患者さんは、人工乳房を作ることに加え、もう一つ、手術で乳房を直す方法もあります。形成外科の医師がおなかの肉を取って乳房にあてるという手術です。今までは医師の勘と眼見当で乳房を作っていたので不自然なかたちになることが多かったのですが、私たちは患者さんの胸の型を先に取って医師に手術をしてもらうので、違和感のない、自然なかたちに仕上がるのです。乳頭部分は、私たちがシリコーンに着色して作ります。厚生労働省からの補助金によって事業は軌道に乗り、10月からこのシステムが本格的に始動し日本中、世界中に広がっていくと思います。手術には保険も適用され、費用は30万円ほどです。ただ、外科的な手術のため、患者さんにとっては心理的な負担にもなるので、高齢者などは人工乳房を選ばれる方が多いかもしれません。そのほか、乳房にあらかじめ型を取ったシリコーンを入れることも可能ですが、全額自己負担となるので片方で100―150万円ほどの高額となってしまいます。しかしながら医療技術が進歩すれば、乳がん患者さんもまた以前のように温泉に行けるようになるのです。
さらに、最近では海外からの要請も増えています。韓国では当社の関連会社「ウロメディカル・コリア」が人工乳房を作って、温泉旅行までパックにした医療ツアーを企画し募集を始めました。中国からも当社に人工乳房を作ってほしいという患者さんが多く訪れており、今後は台湾、中国でもこのようなツアーの可能性も考えられます。
これから乳がんの手術をされる方から相談を受けることもありますが、「命を取るのか、おっぱいを取るのか」という選択に迫られたとき、手術を踏み切れない患者さんも多い。そのときに、「こんな人工乳房もあって、温泉にも入れるんですよ」と人工乳房を見せてあげると、安心されて手術に踏み切れる事例が幾つもありました。できるだけ早く検診を受けて、早期発見によって手術をすれば命は助かりますし、傷も小さくて済みます。万一、おっぱいを取ることになっても、人工乳房や手術で再建することもできるので、安心して検診を受けてほしいです。
<人工乳房の技術者に資格を、10年に日本人工乳房協会設立>
一般社団法人日本人工乳房協会では、人工乳房の普及に向けて職人(技術者)を養成しています。以前は私の会社で養成していましたが、その多くが独立をしています。現在は資格制度がないのですが、将来的には国が認定する資格にしたいと思っています。「義手」「義足」については資格があるのですが、機能回復を最大の目的としているので、リアルな足は作りません。でも「本当にそれでいいのだろうか」と私は思ってしまうのです。本来ならば、医療でやるべきだと私は思うのですが、今の日本ではそこまで達していません。しかし、将来的には必ずそこまで行くと思います。そのためには、作る人の資格が必要になります。それで社団法人を作ろうということになり、2010年2月に設立しました。社団法人として人材を育成し、世の中に人工乳房やピンクリボン活動を普及していくことが目的です。現在は、私が理事長を務めています。将来的には、国の検定や、学校法人設立まで視野に入れています。すでに「学校のカリキュラムに入れてもいい」という話もいただいています。今回の「おっぱいリレー」も日本人工乳房協会が行っています。