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「登録有形文化財 浪漫の宿めぐり(88)」(鳥取県米子市) 東光園≪高層階を大梁から吊る驚きの建築。若き菊竹の傑作≫

2018年8月12日(日)配信 

正面外観からは1階と4階で2段ピロティになっているのがよくわかる

一見して尋常な建物でないことは分かった。建物の中段が空洞になっているのだ。屋上部分には三角の造形物が見える。インパクトの強い外観だ。

 東光園は「天台」という名の本館と、T 字型につながる4階建ての喜多の館に分かれる。登録有形文化財は本館の天台で、鉄骨鉄筋コンクリート造りの地上7階地下1階。総客室数70のうち13室が天台にある。この建物がユニークなのだ。

 天台の竣工は1964年。設計は36歳の菊竹清訓で、気鋭の建築家だった。その頃に盛んであったモダニズムを取り入れ、建築が環境の変化に対応を続けるというメタボリズムを提唱しての設計である。

 建築の特徴の第一はピロティだ。1階が奥まで吹き抜けになっているほか、4階部分も柱だけで後方の空が見える。つまり7階建ての1階と中段がピロティになっているのだ。菊竹はこの4階部分を庭園にして下層階と上層階を分け、驚いたことに上層階は6階の上に架けられた梁から吊り下げているのだという。吊ることによって室内の柱が不要になり、自由な間取り空間を作れるわけだ。そして部屋の天井の高さも、階高いっぱいに高く取れることになる。

 こうした吊り下げ構造を実現するには巨大な柱が必要だが、極太のコンクリート柱はあまりに無骨。そこで主柱の支えに3本の控え柱を設けて強度を高めた。1階ロビーで見られた組物のようなコンクリート柱には、そんな理由があったのだ。この仕組みの柱が館内に6本ある。

 強い柱で上部の大梁を支える構造を、菊竹は神社の鳥居をモチーフにしたという。柱の上部に笠木や貫が横たわる鳥居は、東光園の構造と似ている。近くに出雲大社があり、広島県厳島神社には控え柱のある鳥居が立っている。地域の特色も盛り込んだのだろう。外観で屋上に見えた三角屋根は山王鳥居に見られる烏頭(からすがしら)だったのだ。

 そのため客室の数寄屋造りは、外観と印象の落差が少ない。例えば501号室は、床の間にさび丸太の床柱や黒柿の床框を使い、幅広の障子も目立つ。そうしたしつらいが、近代的な外観を見たあとでもすんなりと腑に落ちるのである。

 もう一つの見どころが庭園である。作庭は彫刻家の流政之氏。風、星など7つのテーマを設け、季節ごとに趣を変える。庭から見た天台、天台から見下ろす庭園。一体となった姿が美しい。

 東光園は1935(昭和10)年の創業。皇室関係者も宿泊した名旅館の歴史を持ち、天台を見学に来る建築関係者も多い。「館内めぐりツアーをやりたい」と支配人の石尾健太郎さんは言う。建築関係者以外にも、天台の魅力を伝えたいのだ。「陽の当たり方で建物の見え方も違う」。泊まってこそわかる、構造だけでない面白さもあるようだ。

 

コラムニスト紹介

旅のルポライター 土井 正和氏

旅のルポライター。全国各地を取材し、フリーで旅の雑誌や新聞、旅行図書などに執筆活動をする。温泉、町並み、食べもの、山歩きといった旅全般を紹介するが、とくに現代日本を作る力となった「近代化遺産」や、それらを保全した「登録有形文化財」に関心が強い。著書に「温泉名山1日トレッキング」ほか。

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