第1回観光産業政策検討会、経営とマーケティングが課題
多岐の分野から委員が議論
観光庁はこのほど、旅行業、宿泊業のトップや大学教授など幅広い分野の有識者などで構成し、観光産業の強化をはかるための課題や具体的な方策を議論する「観光産業政策検討会」を立ち上げた。9月10日に第1回目の検討会を開き、宿泊業のマネジメントやマーケティングなどの課題があがった。
【伊集院 悟】
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検討会の冒頭、観光庁の井手憲文長官は「日本の観光産業を世界最高レベルまで強くするために、広い分野で見識のある皆さんの知恵を借り、具体的な方策を提言してもらいたい」と協力を呼びかけた。
初会合では、まず観光庁から、国内旅行消費額や国内宿泊旅行者数、インバウンドの推移、観光産業の人気度、産業間賃金の比較、旅行会社の現状、宿泊業の労働環境など、旅行・観光業界の現状を数値やデータをもとに紹介された。
学生の人気企業ランキングでJTBグループが1位、エイチ・アイ・エス(HIS)が6位と上位に入っているのに対し、転職ランキングでは2010年にJTBグループが14位に入っているのを最後に、2011、12年とトップ20位から観光業が姿を消し、入社前の企業に対するイメージと、実際の現状のギャップが浮き彫りになった。産業間所定賃金を比較すると、全産業の平均を100としたときに、銀行業、鉄道業が平均を超え、平均以下に製造業、旅行業を含むその他の生活関連サービス業、小売業と続き、宿泊業は89・2と大きく平均を下回り、最低となった。
宿泊・飲食サービス業の労働条件を諸外国と比較すると、日本は欧州よりも条件が低く、宿泊業の労働条件は全産業より低い水準で推移している。宿泊業のパートタイマー比率は全産業平均よりも10%程度高く、年々上昇。離職率でも全産業平均より高くなっている。
また、米国の旅行会社の現状も紹介。従来通り実在する店舗で販売する旅行会社は日本以上に淘汰され、現在米国で生き残っているのは、企業の出張業務を一括して受注・管理することで顧客企業の旅行関連コストの削減をはかるビジネス・トラベル・マネジメント(BTM)とオンライン旅行会社(OTM)の2パターンという。
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座長の山内弘隆一橋大学大学院商学研究科教授が進行役となり、各委員が発言。宿泊業や旅行業のマネジメントの問題や、業界のマーケティングやプロモーション方法についての課題があがり議論した。
リクルートじゃらんリサーチセンターの沢登次彦センター長は旅行実施率が07年の66%から12年57%と5年間で10%低下し、6万人が旅行をしなくなった現状を報告。「国内を旅する価値を上げることを議論しないといけない。そのためにも地域力のアップは欠かせない。地域を1つの企業と捉え、商品開発やイノベーションのスピードをアップする必要がある」と提起した。
帝国ホテルの小林哲也社長は「日本をどう売るかの視点が足りない」と投げかけ、諸外国と比較し「インバウンドを増やすにはどうしたらよいのかを、国がもっと考え動かないといけない」と話した。また、在日大使館で自国のワイン会社を招き、日本企業へ積極的に売り込むイタリアの事例を紹介。「在外公館をもっと有効的に使って営業をしてはどうか。観光は1つの企業の問題ではなく、国益だ」と語った。
日本観光振興協会の西田厚聰会長も政府主導による海外拠点の重要性を語り「JNTOの機能をもっと強くしないといけない。海外拠点が13拠点というのは韓国の29拠点と比べてもあまりにも少なすぎる」と指摘した。
百戦錬磨の上山康博社長はリスティングの重要性を提起した。「多言語の検索で日本の観光関係や観光地が出てくるようリスティングに予算を取ってほしい。ワードごとにアクセス数を数値化できるので費用対効果の検証もしっかりできる。サイトを作っても、アクセスが少ないのであれば、人通りの少ない場所にひっそりと店を構えているのと変わらない」とネット対応への遅さを指摘した。
企業の再生を請け負うリヴァンプの湯浅智之副社長はインバウンドについて「数よりも訪日客の満足の方が重要」と語る。日本で流行る外国料理は、若い女性の人気旅行先と相関関係があるというフード業界の定説を紹介しながら、「満足を高めて日本のファンを増やすことが大切。訪日客の満足が高ければ、自国へ商品を輸出したり、口コミで日本の良さを広めたりしてくれる。留学生など日本を好きな人を効果的に利用した方がよい」と話した。
一方、宿泊業や旅行業のマネジメントなど内部要因に目を向けたのは、産業技術総合研究所サービス工学研究センターの内藤耕副研究センター長。内藤氏は「旅館業界に淘汰が必要」と提起。「どれだけの宿が魅力あるサービスや品質をお客に提供できているのか。内装が汚く、スタッフが単なる運び屋さんになってしまっているところも正直多い。現場には無駄が多く、宿はもう一度経営や社員教育を見直さなくてはいけない。シフトを組みなおすだけで計上利益5%アップも可能。いかに生産性とクオリティを上げるかが、宿泊業の生き残るためのポイント」と鋭く切った。
大観の佐藤義正会長も旅館業界全体を見て、①組織体制の強化②団体客から個人客へのシフト対応――などの経営改善の遅れを指摘。「同族経営のため組織体制がしっかりしていないから、トップの判断で業績が左右されやすい」と語った。また、重くのしかかる固定資産税など財務構造の課題についても問題提起した。
サービス・ツーリズム産業労働組合連合会の大木哲也会長は人材の確保について触れ、「労働環境が悪く、新入社員が3年の壁を超えられない。労働時間が長すぎて自分のスキルアップをする時間もない」と現状を紹介した。
いせんの井口智裕代表は旅館業のほか、飲食業、旅行業、物販業、コンサル業など多岐にわたる事業を行っていることを紹介。「旅館業は労働生産性が悪いので、付加価値を上げるにはマルチタスクでやる必要がある。フロントの社員が空いた時間にイラストレーションで市の広報のチラシを作ったりしている。ピーク時をどうするかではなく、空いた時間で何をするかが勝負」と語り、「企業水準を維持し、いい人材を確保することが大切。地方にはやるべきことがまだたくさんあり、旅館が雇用の受け皿にならなくては」と力を込めた。
トップツアー執行役員の百木田康二経営管理本部副本部長兼経営企画部長は、同じく「優秀な人材の確保」を重要事項にあげ、加えて高齢者の企業への取り込みも提起。「定年後の高齢者はスキルが非常に高く貴重な人材。若い人との間を取り持ち、経験や知識の伝達ができれば、企業や業界にとってプラスになるのではないか」と語った。
日本経済団体連合会の大塚陸毅副会長・観光委員長は人材の確保について「学校教育のなかで地域の良さに触れ、家族旅行を奨励するのも重要」と提起。また同検討会について「提言だけでなく、具体的な行動が大切。民間にできることと、行政でできることを明確にして進めなくては」と話した。
JTBの田川博己社長は「省庁間の連携」をポイントにあげ、「中・長期的な政策のなかでは、人材や教育など国交省だけでできるものは少ない。各省庁間のスムーズな連携を行政には期待したい」と注文した。
なお、同検討会は4回の開催を予定し、2013年3月に提言をまとめる予定だ。次回は10月中旬を予定。
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観光産業政策検討会の委員は次の各氏。
井口智裕(いせん代表)▽大木哲也(サービス・ツーリズム産業労働組合連合会会長)▽大塚陸毅(日本経済団体連合会副会長・観光委員長)▽上山康博(百戦錬磨社長)▽百木田康二(トップツアー執行役員経営管理本部副本部長兼経営企画部長)▽小杉眞弘(マリオット・インターナショナル日本支社長)▽小林哲也(帝国ホテル社長)▽佐々木経世(イーソリューションズ社長)▽佐藤義正(大観会長)▽沢登次彦(リクルートじゃらんリサーチセンター長)▽田川博己(JTB社長)▽丹呉泰健(読売新聞グループ本社読売新聞東京本社監査役)▽内藤耕(産業技術総合研究所サービス工学研究センター副研究センター長)▽鍋山徹(日本政策投資銀行産業調査部チーフエコノミスト)▽西田厚聰(日本観光振興協会会長)▽矢々崎紀子(首都大学東京都市環境学研究科観光科学域特任准教授)▽山内弘隆(一橋大学大学院商学研究科教授)▽湯浅智之(リヴァンプ副社長兼COO)