〈旬刊旅行新聞9月1日号コラム〉都市観光 建築物を眺めるのは楽しみの一つ
2018年9月2日(土)
米朝首脳会談が今年6月に開かれるなど、旬な都市の熱気やパワーを肌で感じたいと思い、シンガポールを訪れた。
3棟の超高層ビルの頂上を船のかたちでつなげたマリーナベイ・サンズの未来的な空中庭園(サンズ・スカイパーク)は、もはやマーライオンを凌ぐシンガポールの象徴となっている。
そのほかにも、世界最大級の大観覧車(シンガポールフライヤー)、巨大植物園ボタニックガーデンなど、“SNS映え”スポットが集積するマリーナエリアには、世界中の観光客が押し寄せていた。その意味では、シンガポールは“SNS映え”を求めるニーズにしっかりと応えることに成功している都市である。
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地震国の日本ではマリーナベイ・サンズのような形状の建物は法律上許されないのかもしれない。しかし、あのような突飛なデザインを街のど真ん中に造ろうという発想が、そもそもない。
奇想天外な建築物で溢れる海外の新興都市などで生活したいとは決して思わないけれど、異国の都市観光において歴史的、あるいは未来的なビルを眺めるのも、楽しみの一つである。
抑制の効いた日本のデザインは好きなのだが、ロンドンやパリ、イタリアの各都市でも伝統的な建築物を大切に保存・活用しながら、一方で世界を驚かす斬新な建築物が出現し、やがて世界的な観光名所となっていく。翻って、日本の近代建築における「遊び心」の少なさが、都市観光のつまらなさにつながっているような気がする。
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2020年の東京オリンピック・パラリンピックのメイン会場となる新国立競技場は、世界中の注目の的になる。五輪後はサッカーの聖地にもなりうる競技場であるのに、あまりにデザインが“優等生”すぎると感じる。故ザハ・ハディッド氏が描いたデザイン案が大きな批判を浴びた反動もあったのだろう。また、さまざまな方面に配慮した結果なのだろう。
だが、世界に「どうだ!」と日本の建築デザインの斬新さで驚愕させる圧倒的なパワーや、意欲も感じられないのがすごく残念だ。日本の国民性にもよるのだろうが、最近は規模もデザインも良識的すぎやしないだろうか。
どのみち巨額の出費となるなら、五輪後にも観光客や、建築物に興味のある人たちが、地球の裏側から訪れるくらいのスタジアムを造って、「建築費用を回収する」といった考え方も1つではないか。抑制が効いている日本だからこそ、メリハリもたまには必要であると思う。
個人的には、丹下健三がデザインした建築物が好きだ。東京都庁舎などは100年、200年先にも残したい誇らしい建物だ。東京都心では、青山の国際連合大学本部施設、新宿のパークタワー、お台場のフジテレビ本社ビル、そして、国立代々木競技場など、今も丹下氏が設計した建築物が目を楽しませてくれる。シンガポールや諸外国にも丹下氏が設計したビルディングが異彩を放っている。
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京都や奈良には古い木造建築などが残っており、眺めながら歩くのは楽しい。横浜や神戸の建築物も美しい。しかし、各県庁所在地などの中核都市には、世界中から訪れた観光客を楽しませるほどの近代建築物があるだろうか。理想は過去、現在、未来を歩きながら感じられる都市だ。
(編集長・増田 剛)