【対談~Tourism For All~池山メディカルジャパン・池山 紀之社長×鷹泉閣 岩松旅館・岩松 廣行社長】
ピンクリボンのお宿ネットワーク、2年目の「おっぱいリレー」に鷹泉閣 岩松旅館も参加
「ピンクリボンのお宿ネットワーク」(会長=畠ひで子・匠のこころ吉川屋女将)が今年7月10日に設立された。同ネットワーク副会長で医療機関との橋渡し役を務める池山メディカルジャパンの池山紀之社長は、昨年と今年10月にシリコーン製の人工乳房が全国の温泉や温浴施設に浸けても大丈夫なことを確認する「おっぱいリレー」を実施。また、宮城県作並温泉の鷹泉閣岩松旅館は今年、「おっぱいリレー」に参加し、「ピンクリボンのお宿ネットワーク」にも加盟している。乳がん患者さんの受入について、岩松廣行社長と池山社長が対談した。
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おっぱいリレーで啓発を――池山氏
ピンクリボンデー設定へ――岩松氏
――昨年10月に実施し大きな反響のあった「おっぱいリレー」は今年で2回目となりました。
池山:私の妹が乳がんの手術を受けてから、家族で訪れた旅館で妹だけが温泉に入れませんでした。これをきっかけに「なんとか温泉に入れるように」と、2006年から乳がん患者さんのためのオーダーメイドの人工乳房を作り始めました。ニーズが多く、6年間で約3千人の方々の乳房を作りました。
シリコーン製の人工乳房は、装着したまま何の問題もなく温泉にも入れるのですが、昨年2月に、兵庫県の旅館に宿泊された患者さんが宿の方に「(この泉質の)温泉に入っても大丈夫ですか?」と尋ねられました。宿の方も専門的な知識がなかったため、近くの病院に問い合わせをしました。
即座に「大丈夫ですよ」と回答していただいた病院の看護師さんから後日、私にメールが届き、「全国の温浴施設や旅館さんに人工乳房で入浴しても大丈夫だということを広く知らせていただけないか」というお願いをされました。
私たちは医療の分野で仕事をしているので、旅館や温浴施設との接点がありません。また、私たちが全国の旅館を回って「この人工乳房はどの泉質でも問題ありません」と説明しても、それは自社製品のPRになってしまいます。
そんななか、私たちの本社がある名古屋に近い三重県の温浴施設と話し合い、シリコーン製の乳房を全国各地の温泉や温浴施設に浸けることによって、人工乳房の安全性を検証するイベントとして「おっぱいリレー」を考案しました。温浴施設や温泉旅館にも“ピンクリボン運動”意識を持ってもらえるのではないかと、昨年10月に実施したところ、全国各地で大きな反響がありました。岩松旅館さんから連絡があったのは、イベントがちょうど終わった時期だったので、今年参加していただきました。
「おっぱいリレー」はスタートしたばかりですが、10月は世界的に「ピンクリボン運動」月間なので、将来は全国の旅館や温浴施設が参加する啓発活動のイベントになればいいと思います。2年間で125施設が参加しました。
岩松:私は岩松旅館に来て8年になりますが、それ以前はホームセンターなどを経営していました。天井を高くし、照明を明るくするなど、さまざまな工夫によって、とくに女性層に支持されるホームセンターづくりに取り組んできました。業界は違いますが、エンドユーザーを相手にする商売を経験していました。
初めて旅館業界に入って驚いたことは、「女性の1人旅を受け入れない」というスタンスです。ビジネスウーマンなど、1人で出張に行かれる女性も多いのに、女性たちはビジネスホテルや、シティホテルに泊まらざるを得ない状況にあったのです。仙台周辺には、秋保温泉や作並温泉といった良質な温泉地がありますが、女性は旅館から宿泊を断られてしまう。平日の出張のついでに温泉に入りたいという女性たちの「潜在需要は大きい」のに、もったいない話です。
そこで、当館ではいち早く「女性の1人旅プラン」をホームページに掲載しアピールしました。宮城県内の旅館では私たちが最初だと思います。その後、女性の1人旅が飛躍的に増えました。当初は、月に5―6人でしたが、今は当たり前のように女性の1人旅のお客様が訪れ、私たちの売上の大きなウエイトを占めるまで成長しています。
次に私たちが取り組んだのは「赤ちゃんを抱えて温泉に行きたい」という層です。現状ではなかなか受け入れる宿が少なく、また、受け入れてくれたとしても、紙おむつや、ミルク、哺乳瓶など大変な荷物になるので、ついつい足が鈍ってしまうのです。ここに何とか手を差し伸べられないかと考え、「赤ちゃんプラン」を売り出しました。これは、今すぐに利益にはつながりません。将来、赤ちゃんのときに宿泊できたということでお越しいただけたらいいなと思っています。
同時に、乳がん患者さんにも手を差し伸べることができないかとずっと考えていました。「温泉に入って心と体を癒す」というのは、日本の古来からの伝統文化です。国内旅行の目的でも温泉旅行が一番多いわけですから、ぜひ私たちのお宿に来ていただき、温泉に入っていただきたいと常に考えています。
岩松旅館では「ピンクリボンデー」を、施設まるごと貸切でやろうという方向で3年前から準備を進めており、今回、「おっぱいリレー」に参加したことが、今後の活動の大きな第一歩となりました。
池山:乳がん患者さんが「温泉に行きたいけどなかなか行けない」最大の理由は、「人に見られたくない」という一点に集約されます。彼女たちが「温泉に入りやすい環境」として、まず思いつくことは、露天風呂付きの客室なのですが、手術を受ける以前と同じように「大浴場に入りたい」というのが本当の夢なのです。たとえば、脱衣所の照明が少し暗いとか、目隠しや、ついたてがあるといった、ほんの些細な工夫で大丈夫なのです。洗い場に仕切りがあったり、お風呂の中に浸けてもいいタオルが置いてあったり、その程度で彼女たちは大浴場に入れるようになるのです。でも患者さんの声は旅館も温浴施設にもなかなか届いていません。
岩松:そうですね。実際、自分から申告されることはありませんので、どのお客様が乳がん患者さんなのかわからない。また、お越しになられても具体的な要望が耳に入ってこないのです。
私たちが今すぐにでも対応できるのは、お客様から申告していただければ、フェイスタオルやバスタオルを必要な分だけ提供します。そうすると、滞在中に何度でも温泉を楽しんでいただけるのではないかと考えています。浴衣についても、何回でも入浴できるように2、3枚お渡ししたい。最終的には「ピンクリボンデー」として年に数回、全館貸切にする日を設定したいと思います。
池山:受入側に理解があるということが、患者さんにとってものすごく心強いことなんです。ステッカーなどが貼ってあるだけで安心される。
私たちは全国の乳がん専門の医師や看護師との付き合いが多く、日々患者さんと直に接しています。乳がん患者さんを積極的に受け入れていただける旅館があれば、我われが患者さんに教えてあげたいと思いました。そこで「旅行新聞」の賛同を得て、全国の旅館や主要500を超える病院などと患者さんを結びつける「ピンクリボンのお宿ネットワーク」が今年7月に発足したのです。12月には加盟旅館が掲載される小冊子が発行されます。全国の医療施設にも配布されるので、日本中にPRできるのではないでしょうか。
先日も乳がんを専門とする看護師さんたちの前で講演する機会があり、「全国の乳がん患者さんを受け入れてくれる旅館がリストアップされた小冊子を患者さんに渡していただけますか?」とお聞きすると、皆さん諸手を挙げて賛同してくれました。病院の医師や看護師さんが患者さんに直接渡してくれるのです。患者さん、受け入れるお宿、そして病院の医師や看護師さんの間に強固なネットワークが築かれようとしています。私たちは医療の現場と旅館業界の「橋渡し役」になりたいと考えています。
岩松:8年前から、岩松旅館では年に3回ほど「レディースデー」プランを設けており、男性用の大浴場や、混浴の露天風呂もすべて女性のみという日を設定しました。スタッフも男性は夜間のフロントだけと徹底しています。客室係もすべて女性スタッフだけです。今では1回に200―250人が訪れるようになりました。リピーターの比率がとても高いのが特徴です。また、調理場も女性スタッフの割合の方が多いのです。
私たちは多くの女性に働く場所を提供し、多くの女性のお客様に訪れていただきたいと考えています。
池山:毎年5万人の方々が乳がんの手術を受け、5年以上経過された方が50―60万人います。ご家族を含めると約200万人が温泉旅行を諦めています。私の妹も15年間、家族旅行に行けませんでした。このため、レストランで食事をするだけということがほとんどでした。胸を作ってからはどんどん温泉に行くようになりました。
岩松:私どもの旅館には年間約7万人が宿泊されており、それから考えると200万人という数はすごいですね。
乳がん患者さんを受け入れるという市場は、マイナー需要ではなく、メジャー需要だと考えます。
当館の温泉は、川の底の源泉からポコポコと湧き出る温泉で、とくに皮膚病に効能があり、すり傷、切り傷にも良く、昔でいえば刀傷に効果を発揮してきた歴史があります。もともと湯治宿で、その意味でも、手術後に医師から許可が出れば良く効くのではないかと思います。私も以前、手術を受けましたが、その時も医師に温泉に入ることを薦められました。
ぜひ「ピンクリボンプラン」をつくり、私たちが先鞭をつけていきたいと思っております。何事もそうですが、軌道に乗るまでは時間がかかります。「ピンクリボンデー」を始めても浸透するまで3年は必要でしょう。4年目に花が開けばいいと考えています。