〈旬刊旅行新聞10月1日号コラム〉宿が世界観の発信地に 多様な分野でムーブメント起こせる
2018年10月1日(月)配信
観光業界は世相を反映する。旅行商品のパンフレットやWebサイトを眺めていると、今というこの瞬間、不特定多数の人たちが何に関心を持っているのかが見えてくる。誰かが仕掛けていることもあるが、そこにはしっかりとした素地があるからという見方が正しいだろう。
これからの季節は、果物狩りや、紅葉と温泉をセットにした宿泊商品、カニづくしツアーなども現れる。これらは恒例の企画で、毎年大きく変わることはないが、それでも「あんなに暑かった夏だけど、もう秋か……」と季節の移り変わりを感じたり、「晩秋に景色の綺麗なところに行って、温泉に浸かってのんびりしたいな」など想いを巡らすこともある。
また、今年は明治維新150周年を記念して全国各地でイベントが開催されており、NHK大河ドラマ「西郷どん」の放映に合わせて、さまざまなツアー商品も目にする機会があった。そういえば、今年の全国旅館おかみの集い(全国女将サミット)が鹿児島県で開催されたのも、社会の流行や関心事に沿ったものだった。これら小さな積み重ねが本流となり、大きなうねりを作り出していく。
今は、北海道応援ツアーや、西日本豪雨や台風21号の被災地復興を目的とした旅行商品が続々と企画されている。個々の動きが本流の大きなうねりとなって、観光の力で活力を与えられたらいいと思う。
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観光業界の動きは、旅行商品を企画・販売する旅行会社などが作り出すイメージがある。もちろん、旅行会社自体が原石を探し出し、磨き上げ、きらめくダイヤモンドへと変えていくこともある。一方で、受入側の観光地や温泉地、各宿が一生懸命に旅行会社に売り込む努力が水面下であることも、観光業界の大きな特徴である。そこに価値や、面白さを見出した旅行会社が「プロ」の手腕で、広く一般消費者に商品化していく流れがある。
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しかし、最近はこの流れとは異なる動きが顕在化している。その一つがSNS(交流サイト)によって、旅行会社がこれまで旅行商品として企画してこなかった“写真映え”するスポットに人が押し寄せたり、観光業界ではあまり知られていなかったゲストハウスや、個性的な宿に海外からの旅行者が集まってきたりする現象が見られる。アニメや映画のロケ地を巡る「聖地巡礼」などの動きを旅行会社がツアー化するなど、SNSから生み出される観光ムーブメントは、今後さらに多様化し、細分化することが予想される。そして、それらのムーブメントは、規模が小さな旅館であっても起こせるのだ。
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例えば、食器にこだわる宿の主人が発信するSNSを通じて、器に強い関心を持つ人たちが主人との会話を楽しむために日本中、世界中からその宿を訪れる。音楽や絵画、盆栽、自然食、調度品、クルマ、自転車などあらゆるものが対象となる。これまでは旅行会社に売ってほしいとお願いしても、なかなか旅行商品に組み込んでもらえなかった宿にも、大きなチャンスが得られるようになった。宿はもはや単なる旅行者の受入施設ではない。最先端の思想や、古い文化、芸術、スポーツ、ニッチな趣味など多種多様な分野において、深い世界観の発信地としての役割を担える存在である。発信地が東京一極集中ではつまらない。
(編集長・増田 剛)