「登録有形文化財 浪漫の宿めぐり(90)」(福島県福島市) ぬる湯温泉旅館二階堂 ≪森の中の1軒宿 ぬるい温泉と田舎家風佇まいが人気≫
2018年10月8日(月)配信
樹林におおわれた幅員3㍍ほどの県道126号を登ること約20分、道のどん詰まりに旅館はあった。周辺に他の建物はまったくない。吾妻山の中腹、標高約900㍍の場所だ。「秘湯」にふさわしい佇まいである。
温泉の歴史は詳細不明だが、元禄年間(1688―1703年)以前にさかのぼる。現在の持ち主である二階堂家が引き継いだのは1803(享和3)年で、初代伝四郎の時だった。客はもっぱら農閑期の湯治客で、シーズンは晩秋から田植え前までの春。仙台方面の漁師も海が荒れる冬期にやってきた。どの客も半月以上の滞在が当たり前だった。
観光客が訪れるようになったのは、1970年代に女性誌で紹介されてからだ。いっときは館内があふれるほどの客が訪れたという。「秘湯」ならではの魅力が人気を呼んだのだろう。現在では数日泊の湯治客3割、その他が登山客や観光客などで落ち着いている。
湯治人気が高いのは、温泉の効能が人気だったからだ。とくに眼病に良いとされた。酸性・含鉄(Ⅱ)―アルミニウム―硫酸塩温泉。旧泉質名では含緑礬・酸性明礬温泉である。
温泉のもう一つの魅力が湯の温度。ほぼ自然湧出だが、湧出時の湯温は31・5度。加熱せずに入浴し、1―2時間も入る人が少なくない。体にかかる負担が軽く、血管や交感神経への影響もよいという。旅館のパンフレットに書かれた日本ぬる湯温泉番付では、堂々と東の横綱にランクされている。
細長く延びる建物は、手前から平屋建ての厨房、大正時代中期に平屋から2階に直した帳場棟、明治時代の中期に建てられた中座敷棟、初期建築の古屋棟が続く。帳場棟の前面に玄関があり、玄関脇から渡り廊下で1993(平成5)年建築の浴室棟へ行ける。帳場、中座敷、古屋の3棟が登録有形文化財だ。帳場棟と中座敷棟はトタン屋根、古屋棟は急勾配の茅葺屋根である。トタンや急勾配は雪対策。冬は1―2㍍の積雪となり、旅館も11月上旬から4月下旬まで休業となる。
使用中の客室は20室余り。古屋棟2階の部屋からは茅葺屋根の端が見えて田舎家気分が味わえる。中座敷棟南側の部屋は各室に床の間を設け、四方に杉板の長押を回して落ち着きある造り。廊下に面した障子は面取りした格子の桟が入り、廊下のガラス戸は表面がゆがんだ古ガラスのままだ。
帳場棟2階の客室は2間続きで、間仕切りの欄間に変木を使い、床の間の落し掛けはカンナで削り込んで洒落ている。板床で細めの床柱が数寄屋風の造り。庭に面した広縁から多くのシャクナゲが見え、5―6月の花期は美しいそうだ。
雪深い代わりに夏の気温は27―28度。ぬるめの温泉で長湯して、古い造りの部屋でくつろぐ。贅沢な避暑ができるだろう。
コラムニスト紹介
旅のルポライター 土井 正和氏
旅のルポライター。全国各地を取材し、フリーで旅の雑誌や新聞、旅行図書などに執筆活動をする。温泉、町並み、食べもの、山歩きといった旅全般を紹介するが、とくに現代日本を作る力となった「近代化遺産」や、それらを保全した「登録有形文化財」に関心が強い。著書に「温泉名山1日トレッキング」ほか。