産学のミスマッチが露呈、「産業界が求める人材と今後の観光教育」
観光教育の学長・学部長等会議
観光系の学部・学科・コースを持つ大学は、全国で42大学46学科・コース(2012年4月時の文部科学省調べ)にまで急増したが、卒業生が観光関連産業へ就職する率はわずか16・1%と振るわない。産業界からは優秀な人材の確保が求められ、教育界からも「観光」を学んだ優秀な学生を多く輩出しているはずなのに、なぜ――。観光庁と玉川大学は7月9日、玉川大学で「観光教育に関する学長・学部長等会議」を開いた。「観光産業界が求める人材と今後の観光教育」をテーマにしたパネルディスカッションでは、産と学のミスマッチが浮かび上がってきた。議論の一部を紹介する。
【伊集院 悟】
◇
はじめに議論のたたき台として、観光庁と玉川大学が全国の旅行業企業と大学へ行った企業側が求める人材ニーズと高等教育に関するアンケートの結果を報告した。アンケートは216企業、63大学に送付し、72企業、36大学から回答を得た。
そのなかで興味深いのが、企業への調査で「新卒採用で重視している点」では「人物本位」が85%と圧倒的に多く、学生が大学で学んだ内容の「能力」や「学部・学科」はそれぞれ8%、2%とわずかだったこと。採用時に観光系大学の学部・学科を意識するのは39%で、観光産業企業でのインターンシップ経験や業界の仕事の流れへの理解は34%にとどまった。
現行のインターンシップについては、大学側の評価が「大変有益」46%、「有益」50%、「どちらかというと有益ではない」4%と高評価なのに対し、企業側は「大変有益」2%、「有益」51%、「どちらかというと有益ではない」40%、「有益ではない」7%と、大きな差があることが分かった。
企業側と大学側の差異に着目すると、企業への「観光系大学の教育内容と企業が求める人材像に近い項目」の質問では、「ホスピタリティ系」が50%、「人文・社会学系」が7%、「地域活性化・地域づくり系」が14%、「経営マネジメント系」が22%に対し、実際の大学での観光教育内容は、「ホスピタリティ系」11%、「人文・社会学系」26%、「地域活性化・地域づくり系」15%、「経営マネジメント系」37%と企業側ニーズと一致しなかった。
続くパネルディスカッションは、玉川大学経営学部教授の折戸晴雄氏を司会に、初代観光庁長官で首都大学東京都市環境学部教授の本保芳明氏、東洋大学国際地域学部教授の松園俊志氏、前ユナイテッドツアーズ社長で日本旅行業協会(JATA)理事・事務局長の越智良典氏、日本ホテル常務取締役でホテルメトロポリタン総支配人の塩島賢次氏、ドン・キホーテグループのジャパン・インバウンド・ソリューションズ社長で松蔭大学観光メディア文化学部客員教授の中村好明氏、観光庁長官の井手憲文氏が登壇し、「観光産業界が求める人材と今後の観光教育」について議論した。
初めに、本保氏が社会人と学生の交流などを強く意識した首都大学での取り組みを、松園氏がグローバルな人材教育に力を入れる東洋大学の取り組みを紹介した。
越智氏はJATAが取り組む(1)優秀な人材を確保するリクルート活動(2)利益を生むビジネスモデルの研究――を報告。「旅行業界は人が大事」とし、リクルート活動は(1)インターンシップ(2)ガイダンス(3)就職説明会――を合同で進めていくという。「大手企業は何もしなくてもエントリシートが多く集まるが、中小はそうはいかない。中小でも独自の特色を持つ魅力ある企業は多いので、中小のリクルートに力を入れたい」と語った。
塩島氏は新卒採用について、「大卒者には、ホテルの労務管理やグローバルコミュニケーション、マネジメント力などを求める」としたが、「一番のポイントは人物重視」と、アンケート結果との一致をみた。また、「何かに特化した人よりもバランスの取れた人」を求めるという。ホテルの現場に男性が少なくなっている現状も指摘。OBが就職セミナーを開くなど、良い人材の確保に力を入れている。
本保氏は「産業界は良い人材確保のために努力しており、大学側も観光を学んだ学生を排出しているが、卒業生の16%しか観光業界へ就職していない現状がある。需要と供給があるのにうまくマッチしていない」と「産学間のミスマッチ」を問題提起した。また、「大学の取り組みが産業界へきちんと伝わらず、産業界が大学を正当に評価していないのでは」と産業界へ釘を刺し、「企業のニーズを正しく捉えないと、大学側に未来はない」と危機感を示した。
松園氏もアンケート結果から、「企業側は観光系学部の卒業生を必要としていない」とし、「どういう人物像が求められるのかを確認し合わないまま観光系学部だけが増えてしまった」と現状を指摘。「溝を埋める努力が不可欠」と語った。
越智氏も産学間のミスマッチを指摘し、「学生も企業もブランド志向が強すぎる」と分析。「何を学んだかよりも、『どこの大学で偏差値がいくつか』という物差しの方が安心して学生を採用できるのが企業側の現状」と企業側の実態を語り、「産学間のコミュニケーションを増やしていけば、ミスマッチを減らせるのでは」と提起した。
また、中村氏は訪日外国人観光客の半数がドンキホーテに来るという現状を紹介。「訪日客のほとんどがアジア人。都市観光はグルメとショッピングなので、この2つのソリューションを高めないと観光立国は実現できない」と語った。
最後に井手長官は「産学が連携できているように見えても、実際はコミュニケーションが取れていないことが改めて分かった。共通認識を持ち、ミスマッチを減らさなくてはいけない」と力を込めた。また、観光セクターは旅行業と宿泊業だけではなく、広い視野で観光業を捉えていく視点の必要性も強調した。