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【耐震問題】全旅連・前会長和多屋別荘社長 小原 健史氏に聞く

2013年10月11日
編集部

佐賀県・嬉野温泉 和多屋別荘社長
小原 健史氏

 1981(昭和56)年5月以前に建築され、5千平方メートル以上、3階建て以上の旅館・ホテルは、15年12月末までに耐震診断が義務付けられた。大型旅館は耐震診断にも数億円を要すため、“存亡の危機”となっている。耐震問題に対し、全国旅館ホテル生活衛生同業組合連合会の前会長・特別顧問として、業界のさまざまな活動を行っている小原健史氏に耐震問題について聞いた。小原氏は、自館のタワー館の解体も視野に入れ、小規模旅館を一から作り運営していく構想も語った。
【増田 剛】

≪タワー館解体も視野に、小規模旅館の“海外進出”構想≫

 ――改正耐震改修促進法の流れを見ていくと、今年2月21日に全旅連理事会で、国土交通省の若手官僚から初めて説明があり、その後、5月22日の参議院での法案可決までわずか3カ月という短期間での出来事でした。

 旅館・ホテル業界の意見聴取もなければ、パブリックコメントも今ごろ(8月19日―9月17日)募集しています。

 私も全旅連青年部時代から、全旅連会長時代を含め、特別地方消費税撤廃運動をはじめ、長年旅館業界が直面するさまざまな政治的な課題に対して活動を行ってきましたが、今回のような性急な法案の成立の仕方は初めてで、大変驚きもしました。

 しかし、後になって色々と調べてみると、悔やまれることもあります。1995年の阪神・淡路大震災を教訓に、同年12月25日に耐震改修促進法が施行されました。そのなかに学校や病院、旅館・ホテルなど不特定の人々が利用する施設で床面積1千平方㍍以上、3階建て以上で、1981(昭和56)年5月以前の建築物を対象に「新耐震基準に満たない場合は、改修につとめる努力義務がある」という一文が書かれていました。それにも関わらず、後に現状のようなかたちで耐震問題が再び現れると想定しなかったのは、私たち旅館業界の脇が甘かった部分だと反省しています。

 2011年3月11日の東日本大震災発生後、全旅連の佐藤信幸会長の依頼で私も本部に駐在し、1泊3食5千円で被災者を会員旅館が受け入れるなどの対応に追われていたのですが、今から考えると、あのときに、我われ旅館業界が耐震促進改修法の改正のことに気づき、何らかの政治運動をしておくべきだったのだろうと思います。

 今回の改正耐震改修促進法の対象規模が「5千平方㍍以上」となっているのは、国土交通省が予算計上した総額100億円の補助金を、病院や百貨店や旅館・ホテルの民間施設の件数などで割り戻した結果、はじき出された数字だと認識しています。

 仮に、来年度にも100億円規模の補助金がつけば、次は3千平方㍍以上、その次は1千平方㍍以上と対象施設の基準は広がっていくのは間違いありません。

 耐震改修促進法の根幹を成す「人命尊重」に規模の大小は関係なく、阪神・淡路大震災後の耐震改修促進法に1千平方㍍以上という数字が出ている以上、免責に関してはいずれこの水準までいくことが予想されます。

 ――耐震診断・改修に対する補助金が各都道府県、市町村によってまちまちの状態になっています。

 耐震診断と改修工事では、国、地方公共団体、事業者の負担率が数種類想定されますが、基本的に地方公共団体が補助金など支援策を整備しなければ、事業者負担は最大88・5%というとても厳しいものになります。

 「どうして国が県や市に補助金を出すように命令しないのか」と、全旅連の佐藤会長とともに自民党の石破茂幹事長と面談した際に問い質しましたが、「それはできない」と明言されました。その後、国交省の審議官にも「法律を作り、補助金制度も作っているのに、都道府県で補助金の出すところ、出さないところがあるのはなぜか」と尋ねると、「憲法に規定されているから国からは命令できない」と言われました。憲法にどのように規定されているのか、さまざまな勉強会を通じて調べていますが、 旅館の存立を揺るがすような「耐震問題」という大きな問題で、地域によって格差があるというのは、全旅連や日本旅館協会の業界活動が分断されかねない問題だと思っています。

 規模についても、たとえば耐震診断に数億円をかけた大規模旅館は対象外の小規模旅館と格差が生れ、地域でも、規模の大小でも業界活動が分断されることを恐れます。また、格安の全国チェーンのビジネスホテルなどはほとんどが新築なのでその施設の優位性は揺るがず、格差が広がると思います。

 さらに、2015年12月末まで耐震診断を完了しなければならず、「耐震非適格施設の公表」は消費者保護として国会の審議で重要な部分となっているので、その公表は避けられず、耐震適合マークをもらえなければ旅行会社やネットエージェントとの契約も難しく、修学旅行の受入れも困難となり、実際に営業ができなくなると思います。

 ――今できることは、各都道府県組合がそれぞれの知事や市長、議会などに理解を求める陳情を行うということですか。

 私の地元・佐賀県では、嬉野市議会が県知事への要望を決議してもらいました。

 しかし、人命尊重という錦の御旗には抗うことができません。災害時にはハードだけではダメで、ソフト面での減災対策も必要だと思います。旅館として、防災やレスキューのプロによる講習・訓練を受けることにより、現在補助金がつかない場合にも何らかのバックアップ措置が認められることを運動することも考えねばなりません。何もしないで陳情だけでは、なかなか政治は動きません。旅館業界も努力する姿勢を見せることが大事だと思います。

 ――和多屋別荘は耐震診断の対象施設ですか。

 12階建ての和多屋別荘タワー館は約9千平方メートルあり、施工が1977(昭和52)年なので、逃れようがないですね。おそらく耐震改修工事で3―4億円くらいはかかると思います。

 安倍政権の投資減税措置として耐震改修工事の固定資産税の軽減を行う方針と報道されていますが、「それでも耐震改修をやらない病院や旅館などの業種は業界を再編して強い国づくりを進める」とまで新聞記事には書いてありました。

 もしそれが国策であるとするならば、私はもともと「旅館の経営と資本の分離をしてもいい」と考えるので、耐震診断で“不適合”となれば、いっそ、12階建ての和多屋別荘のタワー館の解体を考えてもいいのかもしれません。

 佐賀県の古川康知事は県の旅館組合の陳情に対し「絆創膏を貼るような耐震問題の解決ではなく耐震など何の瑕疵もない温泉地づくりを行い、海外でもPRできる街づくりをしましょう」と言われました。

 このことは、例えば、佐賀県の観光連盟が近隣の韓国や中国、台湾、東南アジアなどに行ってPRする際、佐賀県を代表する嬉野温泉や、武雄温泉は耐震や温泉の集中管理だけでなく、エネルギーの問題なども総合的に対応したスマートシティ化したインフラの整備も完備しています」と胸を張り、そのうえで「情緒豊かな素晴らしいおもてなしの宿があります」と、アピールすべきではないかと考えるようになりました。

 国や都道府県、市町村の考え方の大きな流れもそのようになっていると思います。

 ――これからの旅館のあり方についてどのような考えをお持ちですか。

 定住人口が減るので旅館・ホテルが観光でリードし、交流人口を増やして地域を豊かにする方向に舵を切るべきだと私はまじめに考えています。国や地方と一緒になって、旅館のあり方を模索すべきだと思っています。

 旅館が農商工連携事業の国の予算を使うには、地元農家と組んで定期的に旅館が農産物を購入する取り組みなどは有効です。農林水産省の約1800億円の一部を取り込むことは可能だと思います。また、旅館の海外進出など、日本文化の輸出に絡めると経済産業省のクールジャパン事業の予算なども活用できます。

 現状をみると、団体旅行は減少しています。大型旅館は個人客への対応に一生懸命取り組んでいますが、口コミサイトの評価が満点に近づくのは難しい状況にあります。

 嬉野温泉は私が大学を卒業した約40年前は80軒ほどありましたが、今は約30軒に減っています。「お客様から本当に自分の宿が選ばれているのか」と考えると、忸怩たる思いもあります。

 これからの時代の主流は「小規模旅館」だと思います。やる気のある若い経営者たちは新しい経営スタイルを模索し、種々の金融機関やファンドなどと組んで、次々と事業を拡大していくべきだと思います。私にも、東アジアやヨーロッパの現地のファンドや日本の投資家から「一緒に旅館を一から作り、理想的な旅館の企画と運営をしてほしい」という打診があります。宝石のような小規模の日本旅館を、将来的にはアジアや欧州、そして九州各県でも運営したいという夢を持っています。そのためには人の教育が必要だと思います。私の旅館の女将が教育係として人材育成をしていくことも大切な構想の一つですね。

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