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手間こそが文化 ― 客に支持される喜びを(3/21付)

2012年3月22日
編集部

 日本の文化・経済の発展には、旅館ほど大きな貢献を果たした業種はない。お伊勢参りや、大名の参勤交代、庶民の巡礼の旅、行商たちの宿泊、そして湯治や団体慰安旅行にも活躍した。時代ごとに形態は変わっても、人々の経済活動や文化交流に重要な役割を果たしてきた旅館という存在意義を、もっと知ってもらいたいと思う。

 旅館は、手間をどれだけかけるかが勝負だ。旅人を笑顔で迎え、綺麗に清掃した客室に案内し、浴衣も、布団のシーツも折り目正しく清潔で、掛け軸や花も季節に合わせて設える。露天風呂や大浴場の湯加減を常に気にしながら、海の幸、山の幸を盛り込んだ料理の準備で厨房は大奮闘。冬には暖房、夏には冷房を完備し、客室の空調や電球が切れていないか隈なくチェックしていく。翌朝も早朝から朝食の準備をし、笑顔で旅人にお見送りをする。従業員教育の徹底や、出入りの業者さんとの打ち合わせなども忙しい。地域活性化に向けての会合もあるし、旅館が中心となって地域を引っ張り、雇用も守り続けていかなければならない。江戸時代の本陣、旅籠の時代から宿は決して儲かる商売ではないのである。だが、これだけの手間をかけられる“余裕”こそが文化なのである。「お金儲けだけ」をしたいのなら、もっと割のいい商売はいくらでもある。儲け以上に、遠方の人がわざわざ訪れてくれるという“支持される”ことの喜びがあるのだと思う。

 しかし、元気がない温泉地などを見るにつけ、現代社会の人々から、もはや旅館という存在はそれほど必要とされていないと、観光事業者自身も懐疑的にもなるかもしれない。

 だが、私は決してそんなことはないと考える。現代人の健康に対する意識はおそろしく高い。また、その地域独特の食文化に対する関心も極めて強い。自然志向や、癒しへの欲求の強さもハンパではない。需要は間違いなくある。この需要と旅館が提供しようとするものが上手く適合していないだけだ。

 もし、お客が来ないのであれば、やはりそれなりの理由があるのだと思う。今号からスタートした「いい旅館にしよう!」プロジェクトでは、厳しい環境にありながら、多くの支持者を持つ旅館経営者の取り組みにスポットを当てている。何かの“ヒント”になればいいと願っている。

(編集長・増田 剛) 

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