顔の見える店に ― お客との信頼関係築く(4/21付)
東日本大震災が発生したときに、カフェかレストランだったか、うろ覚えだが、その店の店員が食事代などを一切もらわずに、お客をすべて避難させたというような話を耳にした。
もちろん、食事中のお客からは、食事が終わっていないのだから、お代をいただくわけにはいかない。しかし、食事が終わって、そろそろ出ようと思っていた客もいたはずだし、コーヒー1杯で退屈をしのいでいた客もあっただろう。しかし、店員たちは、とにかくお代もいただかずに、お客を避難させた。このようなケースにあった飲食店は、被災地周辺を中心に相当の数があったのではないだろうか。自分の店を利用してくれているお客の身に、もし突然の危険が迫ったとき、お店はどのような対応を取るのだろうか。
後日、わざわざお金を持ってきてくれたお客もいたと聞く。もしかしたら、300円のコーヒー代を届けるために、往復400円の地下鉄に乗って来たお客もいたかもしれない。私はこの手の話が好きである。
もしも、私が店長で、後日、自分のお店にその時のお客が姿を現して「あの時はありがとうございました。あの時のコーヒー代です」と言われたならば、私はその場で感涙にむせぶかもしれない。そして、「これ、ドーナツですが、よろしかったらお持ちください」と差し出すだろう。これによって、店と客に特別な関係が生まれる。「どこでもいい店」「だれでもいい客」ではなく、特別な関係が生まれる。店側にしてみれは、後日、お客からその時の飲食代をいただだこうとは考えていない。お客の方も、そのままお店に支払わなくても別に構わないわけだ。けれど、それでは何だかさみしい気がする。お店とお客の関係は、信頼関係で築かれている。店長や店員の顔が見え、お客の顔がわかることが、やがて帳簿上の利益にも少なからず影響してくるのだと思う。
飲食店や、旅館・ホテルは熾烈な競争を繰り広げている。繁華街を歩けば、栄枯盛衰が激しく、開業間もない飲食店であっても、次々と新しい看板に書き換えられる。一方で、昔ながらの一杯呑み屋や定食屋は、壊れそうな母屋であっても、何十年も続いている。外装ばかりに気を使って顔の見えないお店は、客との信頼関係を築くことができずに、定着しないのかもしれない。
(編集長・増田 剛)