観光地にベンチを ― 「消費」する空間づくり(6/21付)
西洋の都市や観光地と比べると、日本には広場が少ない。街道沿いの宿場町の名残もあってか、道の両側に宿が軒を連ねている町並みが多いのが特徴だ。
このため、滞在する宿泊客たちは、宿に到着し荷物を置いたあと外に出ても、観光地を一直線に貫く道路の端から端を歩き、目ぼしい土産屋で一つ、二つおみやげを買って、そして宿の中に吸い込まれるように帰っていくしかない。美味しそうな焼き鳥などを売っていても、食べるところもなく通り過ぎる。
古くからの湯治場などには、共同浴場や外湯などの周りにわずかな空間があり、多少なりとも滞在客を意識した造りとなっている。しかし、そぞろ歩きをするにも、そう間が持たない。
その最大の原因は、観光地や温泉地にベンチが少ないことだ。たとえば、城崎温泉や下呂温泉などは、適度に足を休めて温泉情緒を楽しめる場所が用意されている。このため、土産物屋で買ったお団子やソフトクリームなどを食べたり、デジカメで撮った写真をベンチに座って確認し合ったり、観光地マップを広げることだってできる。
どこかの商店街が、シャッターが閉まったままの空き店舗を買い物客が自由に使える空間にしたところ、そこで買ったものを食べるようになり、商店街が活性化した例をテレビが紹介していた。つまり、一方的に「売る」だけでは売れないものだ。そこで「消費」する空間を作ってあげることが大切である。
最近は減ったが、街の煙草屋さんの前には、灰皿とちょっとしたベンチがあったものだ。酒屋さんもビール箱をイス代わりにして、酒屋のつまみで飲む、北九州風にいえば「角打ち」があり、憩いの場になっている。観光地には空き店舗が多い。そこを開放して洒落たベンチを置き、大きな観光案内図を掲出していれば、くつろぎの空間に早変わりだ。「あそこに座って食べよう」と、その土地の名産物や珍味、B級グルメなどとともに、地ビールや地酒、ご当地ジュースなども売れるだろう。
東京もベンチが少ない。都会のオアシスである公園にも意外にベンチが少ない。ニューヨークなどはそこかしこにベンチがあり、老人が眼を細めて摩天楼を眺めている。ゆっくりとベンチにくつろげる街こそ、文化の成熟を感じる。「ビジネス街に、観光地に、温泉地にベンチを!」
(編集長・増田 剛)