進まぬ温泉地の長期滞在 ― 文化の薫りと憩いの空間
温泉地における長期滞在が進んでいない。逆に日帰り化が加速している。滞在時間が短いというのは、温泉地自体や各旅館に、旅行者が「連泊しよう」という気分を湧き起こさせない何らかの障壁があるのではないか。夕方遅く到着して朝早く去っていく周遊型団体観光客を除けば、個人客はもっと温泉地に長期滞在してもいいはずだ。そもそも「温泉」にはゆったりと長期滞在客を受け入れる素地を充分に備え持っているのだから。
しかしながら、旅館も長期滞在客の扱いを持て余している。その象徴的なものは料理だ。一般的な大型旅館では、量が多く、見た目は豪華という、画一的な料理が提供される。そもそも長期滞在の客を前提にして作られていないし、「長期滞在されると、3日目には出す料理に困る」という悩みをよく耳にする。しかし、宿の都合をお客に押しつけるスタイルはもはや支持されない。1泊客とは別に、連泊客には体に負担にならない、ヘルシーで心のこもったメニューの研究や開発など、柔軟な対応が求められる。
温泉地では、旅行者がくつろげる空間をたくさん作ってあげることも重要である。シンボル的な共同湯の周りや、土産物店が並ぶ温泉街、川べりなど静かな自然空間には、雰囲気の良いベンチを設置し、自分の好きな憩いの空間を作ってあげることが大切だ。四阿やベンチはいくらあっても多すぎることはない。そのうちに景観への美意識も高まり、地元の青年部などがゴミを清掃したり、寂びた看板などを撤去していくだろう。
そして、温泉地には、小さな図書館があればいい。大規模な必要はない。長期滞在に取り組む大分県の長湯温泉には旅行作家・野口冬人氏が蒐集した山岳書を収めた「小さな図書館」が林の中にひっそりと在り、長湯温泉全体の文化度を高めている。洋の東西を問わず、温泉地は文化人に愛されてきた。文化の薫りのしない温泉地は、人を惹きつける力が弱い。私も「ここはいい旅館だな」と感じる宿には趣のある図書室や、本棚がさりげなくある。宿主のセンスが感じられる知的な空間を備えている。1面に登場した里海邸の石井盛志氏が築く「保養の宿」にも、そのような空間があり共感した。里海邸のようにリピーターが頻繁に訪れるというのも、一つの長期滞在のあり方だろう。
(編集長・増田 剛)