「街のデッサン(214)」大型客船クルーズへの憧憬 地中海クルーズの意味するものは
2019年2月3日(日) 配信
大型客船の旅には、私なりにあるイメージがあった。それは若かりしころ、2つの体験をしたからであろう。
その1つは、30歳代の始めに南太平洋をコーラルプリンセス号という船で巡る企画に参加した。南洋の島々を訪ね、島の人々と交流することと全国からの旅の参加者同士の交流という2重の意味で、「交流の箱舟」という粋なコンセプトをテーマにしていた。招聘された参加者の中には作家や文筆家がいて、10日ほどの船旅の間、図書室のサロンに集まっては談笑し、ある作家は隅のデスクで原稿を開いて執筆を行っていた。そのスタイルは、まだ若かった私には実にかっこよく見えた。ゆったりと揺れる船の丸窓から遠い水平線を見やりながら、思索にふける姿に憧れがあった。
2回目は日本の高度成長期、ある大手の会社がエリザベス二世号を舞台にして得意先や社員を研修旅行に招く催し。シンガポールから横浜港まで延べ5日間掛けて船内での連続セミナーを開き、私も講師として招かれた船旅だった。当時、「質素革命」を先取りしていた商品研究所の浜野安宏氏や、時代作家の平岩弓枝氏らと一緒になって講義やシンポや雑談を行った。彼らの講義を私も聞く機会を得て、流行作家の話法に学び、雑談の妙味を会得し、人間同士の知の交流の大切さを味わったものだった。従って客船の旅とは、閉ざされた空間の中で連続する時間を濃密な知的交流を基盤としたカタリシス(自己浄化)の機会と捉えていたのである。
最近、また大型客船の旅のブームだという。ヨーロッパでは大型客船の旅が日常化し、アメリカでもカリブ海を巡る旅にディズニー資本も注目してテーマパーク型客船を運用している。日本にも、中国から大型客船に乗った人々が大量に訪れ観光立国を支えている。久しぶりで、私も船の旅を思い立った。
選んだのはそのブームに乗るイタリア建造のMSCメラビリア号。総トン数16万7600㌧、全長315㍍、乗客数5714人で、2017年に就航した。スペイン・バルセロナの港から出港、マルセイユ、ジェノバ、チビタベッキアからローマへたどり着く地中海1週間の旅である。かつてと違ったのは、この船自体一つの巨大な“街”であり、船の航海は夜中だけ。昼間は港に停泊したまま私たちは近在都市を観光し、戻ると夜っぴて船内都市を体験する刺激に満ちた時間を持つのであるが、知的営為とは違いすべてがエンターテイメント環境で埋め尽くされていて、大いに驚かされたものだった。
コラムニスト紹介
エッセイスト 望月 照彦 氏
若き時代、童話創作とコピーライターで糊口を凌ぎ、ベンチャー企業を複数起業した。その数奇な経験を評価され、先達・中村秀一郎先生に多摩大学教授に推薦される。現在、鎌倉極楽寺に、人類の未来を俯瞰する『構想博物館』を創設し運営する。人間と社会を見据える旅を重ね『旅と構想』など複数著す。