「女将のこえ219」伊藤 知子さん、十八楼( 岐阜県長良川温泉)
2019年2月26日(火) 配信
□観光ホテルから老舗旅館へ
格子戸の古い町並みの一角に十八楼はある。創業159年の老舗で、建物の向こうには鵜飼で知られる長良川がゆったりと流れている。
現在の十八楼は評判のよい旅館として知られるが、約20年前はクレームの嵐が吹き荒れた。バブル期は団体客向け観光ホテルとして連日満室を経験するも、個人客の時代が来ると個別対応できずに没個性化。ダンピングで成り立つ状態に陥った。
知子さんが家業に入ったのはこの頃だ。父の要請で、東京の大学を卒業すると、「お嫁に行くまでの最後の親孝行」として働き始めたが、「東京の友達が来てくれても、泊まってほしくないな」と思うような状態だった。
転機は、夫の豊邦さんが勤務先の豊田合成を退職し、旅館を継ぐと言ってくれたことだ。「私は駐在を夢見ていましたが(笑)、これで決心がつきました」。
十八楼らしさを残しつつ、カイゼンやQC活動を参考に効率化を進め、ブランディングに取り掛かった。「気づいたのは、お金を出しても買えないのが150余年の歴史だということです」。
観光ホテルから老舗旅館へ。転換に当たっては、支配人制をやめて女将職を設け、ワンフロアずつ改装を進め、おもてなしや料理の質を高めていった。今では表彰を受けるまでに。
興味深いのは、誰かが強力なリーダーシップで人を動かし続けたのではないということだ。「いま、スタッフが自分たちの希望で経営理念を考えてくれています」と、知子さんはさらりと言う。昔ながらの率先垂範ではなく、時にスタッフ主導で進めるスタイルができているのだ。
岐阜市教育委員も兼務する知子さんは、11歳の娘と6歳の双子の息子を持つ母でもあり、任せる大切さを子育てで学んだという。「時短を優先して私が先に動いてしまい、子供たちに『ママ、次は何をしたらいいの?』と、聞かれてハッとしたんです」。
人は本来、自分で考えたことを自分でやるのが一番輝く。そのほうが失敗時の反省も深く、本当の改善につながっていく。
「私がよく言うのは、ここは県庁所在地で観光地ではないけれど、私たち観光業の発展は岐阜市の経済に寄与できるということです。だから街の素晴らしさを自慢していこう、と」。知子さんが伝えるのはノウハウよりも思想だ。だから、一人ひとりが代表意識を持って具体策を考えるのではなかろうか。
長い歴史の宿で、新しい未来を感じる話を数多く聞くことができた。
(ジャーナリスト 瀬戸川 礼子)
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住所:岐阜県岐阜市湊町10▽電話:058-265-1551▽客室数:111室(534人収容)、一人利用可▽創業:1860(万延元)年▽料金:1泊2食付16,000円~(税別)▽温泉:単純鉄冷鉱泉▽岐阜市景観賞を3度受賞。同市ワーク・ライフ・バランス推進エクセレント企業。長良川温泉若女将会会長(7旅館共同の社員勉強会等開催)
コラムニスト紹介
ジャーナリスト 瀬戸川 礼子 氏
ジャーナリスト・中小企業診断士。多様な業種の取材を通じ、「幸せのコツ」は同じと確信。働きがい、リーダーシップ、感動経営を軸に取材、講演、コンサルを行なう。著書『女将さんのこころ』、『いい会社のよきリーダーが大切にしている7つのこと」等。