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住民は「書店」を求めている ― 無駄に映るものに価値を置く世界

2013年12月17日
編集部

 魅力的なまちをつくろうとすれば、何が必要だろうか。あるいは、魅力的に映るまちには何があるだろうか。さまざまな回答が考えられるが、書店というのも、一つの回答であろう。

 国際観光施設協会は12月6日に、東京都渋谷区の「代官山」で観光交流空間のまちづくり研究会を開いた。お洒落な街、住みたい街などのランキングで上位に名前が挙がる代官山の街並みを実際に歩き、その後「代官山コンシェルジュ」らによる興味深い講演会が開かれた。

 なかでも代官山蔦屋書店などを手がけるソウ・ツー代表取締役社長の武田宣氏の講演が面白かった。代官山で「まちに望まれるもの」をアンケートした結果、(1)カフェ(2)書店(3)バー、ダイニング(4)コンビニエンスストアという順だったという。確かに、カフェや書店の多い街は、精神的な余裕がある豊かなイメージに満ち溢れ、人気の街になるのも頷ける。そして、「ゆっくり過ごせる空間」を求める住民の願望の表れでもある。

 武田氏によると、日本人は年間約20億冊の本を読むという。新刊約7億冊、古本約7億冊、図書館約7億冊というのが内訳だそうだ。しかしながら、書店経営は難しい。「儲かる商売ではない」とよく言われる。地方都市では、通販サイト「アマゾン・ドット・コム」などの利便性に勝てず、書店を構えることの難しさが今後さらに進むことは間違いない。

 岡山県倉敷市の美観地区は人気観光地の一つだ。古い屋敷や蔵が保存されている界隈には、さまざまな雑貨店やアンティークショップ、お洒落なカフェ、雰囲気のある飲食店、旅館などが並ぶ。多くの観光客が美観地区の狭い路地を行き交い、1日ではすべてを回ることができないほど魅力的な店がひしめき合っている。人気の秘訣は、ここでも街に安らぎの空間を与えているカフェの多さに加え、知的な空間の代表格である大原美術館の存在も大きいが、忘れてはならないのが、美観地区の外れにひっそりとある「蟲文庫」という古書店の存在だ。この時間の流れが止まったような、個性的で心休まる小さな古書店の隠れたファンは多い。

 図書室という空間を設置している旅館・ホテルがある。どのような本を置いているのか、興味があるので必ず覗きに行く。洋書や哲学書、趣味の良い外国の風景や帆船の写真集を並べている宿もある。そこに並んでいる本を見れば、宿が目指している世界観を知ることができる。

 今やパソコンルームは宿泊客の強いニーズがあるのは分かる。だが、「図書室がほしい」という宿泊客の“淡い”想いは、大きな声としては聞こえて来ないだろう。どうしてもなければならないものではないからだ。だからこそ、文化度をはかる一つの試金石となる。

 「不要不急の産業」と観光業界は事あるごとに後回しにされてきたが、それほどまでに観光産業は文化度が高い産業なのである。その観光産業の住人がカフェや書店、図書室を蔑ろにしては自己矛盾の世界に陥ってしまう。1面で取り上げた紀伊乃國屋グループの各客室には、入口やトイレ、床の間など数カ所にさりげなく生の花を飾っている。気づかない客もいるだろうが、無駄な努力ではない。一見「無駄」に映るものに価値を置く、豊かな世界に私たちは生きているという“覚悟”が必要なのだ。

(編集長・増田 剛)

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