〈旬刊旅行新聞4月21日号コラム〉進むデジタル化 「仕事と休暇は完全に分離したい」派
2019年4月21日(日) 配信
平成も残りあとわずか。今号の1面では「平成の観光を振り返る」を特集した。平成元年から31年までの年表を作成したが、日本国内も、世界も大きく変わったことを実感する。社会の動きに敏感に反応する観光業界も「激変の時代」と言ってもいいだろう。
平成がスタートした1989年には携帯電話は一般に普及していなかった。デジタル化が進み、IT技術の革新、移動通信システムの飛躍的な進展によって、日常生活も、働き方や旅のスタイルも大きく変わった。あらゆる情報を瞬時に得られ、便利になったと思う反面、「自分と向き合う時間」が少なくなったことを感じる。
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星野リゾートはこのほど、滞在型リゾートブランド「星のや」の国内5施設(軽井沢、京都、竹富島、富士、東京)で「脱デジタル滞在」を通年で提供すると発表した。「デジタル機器から離れて、各地の自然や地域文化に触れる体験に没頭することで、心身ともにリフレッシュし、豊かな感性を取り戻してほしい」との想いが込められている。宿泊客はパソコンやスマートフォンなどのデジタル機器をチェックイン時に施設に預ける。滞在中はさまざまな体験プログラムも用意されている。
IT依存症を防ぐために、デジタル機器から一定期間離れる「デジタルデトックス」プランを取り入れる宿泊施設も増えてきた。旅館・ホテルやリゾート施設が担う役割の1つとして、今後さらに期待されるだろう。
先日、福島県・芦ノ牧温泉の丸峰観光ホテルに宿泊した。露天風呂付きの客室で、午後3時ごろのチェックインだったが、滞在中は一度もテレビをつけず、スマホもほとんど見なかった。客室の正面には川が流れ、枯山の風情も心地よく、温泉に浸かりながら、久しぶりに自分自身のことを考えた。
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出張で都市部のビジネスホテルに宿泊するときは、客室に入ると反射的にテレビのスイッチを入れて、スーツの上着を脱ぎ、ネクタイを緩める。一方、リゾートホテルでは、まずは窓辺に歩み寄り、窓の外の景色を確認し、滞在中どのように過ごそうかと思案する。
旅館はその中間で、広縁に座り、川のせせらぎや鳥の声に耳を澄ませながらビールを飲むこともあれば、テレビのワイドショーやスマホ画面でネットニュースをだらだらと見る、自宅とあまり変わらない過ごし方になる場合もある。自分がリピーターになるとしたら、間違いなく前者の旅館の方である。
強制的にチェックイン時にデジタル機器を預けるのではなく、自然にデジタルデトックスの状態になれる宿には、心底から敬服する。デジタル化がさらに進む未来は、振り子の作用で自然の持つ力が今以上に求められると思っている。
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デジタル化によって、生活も働き方も、旅のスタイルも大きく変わったが、この先、どうなるか不安と期待の両面がある。「ワーケーション」という新しいスタイルも、観光業界に浸透しつつある。「ワーク(仕事)」と「バケーション(休暇)」を組み合わせた造語で、米国で生まれたという。もちろん肯定的な捉え方もあるが、無器用で「仕事と休暇は完全に分離したい」派の私は、「リゾート地で会社とつながるのは地獄よりも辛い」と思うが、少数派なのだろうか。
(編集長・増田 剛)