〈旬刊旅行新聞5月1・11日合併号コラム〉西伊豆再訪 小さな「物語」でも“旅のスパイス”に
2019年5月10日(金) 配信
今号は「令和」最初の紙面だ。奥付に小さな文字で「令和元年」と入り、新たな気持ちになる。本紙も昭和、平成を経て、令和という新しい時代にも観光業界のニュースを発信できる喜びを感じている。
改元を祝し、今年のゴールデンウイークは10連休となった。多くの観光施設は多忙を極めたのではないだろうか。
私は直前まで旅行の計画を立てなかったため、完全に出遅れていた。「GW中に一度は末っ子を旅行に連れていかなければならない」というプレッシャーのなか、血眼になってようやく西伊豆の旅館の空室を確保した。日にちは、GW初日の4月27日のことだ。渋滞を何よりも恐れる性分のため、まだ夜明け前に神奈川の家を出て、東名高速道路を西走した。
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東伊豆にはしばしば訪れていたが、西伊豆方面は久しぶりだったので、再訪は楽しみだった。宇久須、堂ヶ島、松崎、雲見などのエリアは風光明媚で、駿河湾越しに見える富士山は日本で一番美しいのではないかと、個人的には思っている。
暗いうちに家を出たため、西伊豆に到着した時間が早すぎて、どの施設もまだオープンしていなかった。早朝でも歩くことができる〝恋人たちの聖地〟で名高い「恋人岬」に向かった。誰もいない道を下って行くと、青い海が眼前に広がった。鳥たちが奇妙な声で鳴いていた。あと1時間もすれば混み合うのだろうと想像しながら、恋人たちのいない「恋人岬」こそ、行く価値があると感じた。
西伊豆の旅の主目的は、安良里港の「御食事処よこ田」で金目鯛の煮付けを食べることだった。アジの刺身もとても新鮮で、末っ子も妻も目を輝かせて喜んだ。旅の満足度は早くもここで頂点を迎えた。
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その後、漆喰鏝絵で名を馳せる松崎町のナマコ壁通りを歩いた。つげ義春の作品の舞台となった「長八の宿 山光荘」も、世界中から観光客を引き寄せる「物語」を持っている。
堂ヶ島の海でのんびりと時間を過ごしたりしながら、宿にチェックインした。客室で缶チューハイを飲みながら窓の外を眺めると、海側に黒い雲が覆っている。それでも10連休初日ということもあり、海沿いの道にオートバイの集団が通り過ぎていく。今回はクルマを利用したが、「次はオートバイで来たいな」と思った直後に、青い稲妻が走り、同時に地響きのような音がした。自分が乗ってきたクルマに雷が落ちたのではないかと背伸びをして見たが大丈夫だった。「さっきのオートバイの連中は無事だったかなぁ」と心配になった。
辺り一帯が真っ暗になり、時折青い閃光と雷鳴が響き、次第に激しくなる雨を眺める末っ子に「西伊豆は、『日本一の夕陽』で有名なところなんだよ。心配はいらない。夕方には雨はやむだろう」と言い聞かせた。
夕食時には雷雨も収まり、黒い雲も消えていた。ビュッフェ会場で海に沈みゆく赤い太陽を眺めることができた。末っ子はずっと夕陽の動画を撮っていた。
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旅には「物語」の力が大事である。西伊豆はもともと自然や食、歴史など、土地が持つ潜在力の高い地域であり、「物語」が持つ力に気づいているエリアが数多くある。たとえ小さな「物語」であっても、“旅のスパイス”になるのだと感じた旅だった。
(編集長・増田 剛)