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〈旬刊旅行新聞6月11日号コラム〉歴史を刻む宿  なまじっか新しい宿よりも“新しい”

2019年6月11日
編集部:増田 剛

2019年6月11日(火) 配信

法師温泉長寿館で日本文化遺産を守る会の総会が行われた

  私のオートバイは古いだけでなく、あちこちにキズがある。タンクには凹みがあり、ホイールやスポーク(針金)は長年風雨に晒された証として、サビが点在する。そして、エンジンの底辺部を撫でると、オイルの滲みが指の腹に付着する。「コイツはオレに似て、なんて出来が悪いのだろう」と可愛くなり、車体を磨く腕に力が入る。

 
 いつも駐輪場にカバーを掛けて置いているのだが、休日の朝、そのカバーをリアの部分から徐々にはがして、オートバイのボディが姿を現す瞬間が一番心躍る。鈍く黒光りする古い車体と、ふわっと香るオイルの滲みの匂いが、私の胸の鼓動を一気に高めるのである。

 
 私のようなくたびれた中年男になると、もう値札の付いたような新車を旅の相棒にするのは、少々気恥ずかしい。緑深い季節の風を浴びながら、「この古いオートバイと旅の歴史を重ねていこう」と思う。

 

 
 5月の下旬に、群馬県の法師温泉長寿館を訪れた。歴史的建造物の宿の会員らが集う「日本文化遺産を守る会」の総会を取材することが主目的だが、同会会長の小山田明さん(強首樅峰苑)や、佐藤好億さん(大丸あすなろ荘)、岡村興太郎さん(法師温泉長寿館)らとお酒を飲みながら、過ごす時間をとても楽しみにしていた。

 
 朝日旅行には、日本秘湯を守る会や、日本文化遺産を守る会、日本源泉湯宿を守る会など、独特のネットワークが存在する。大型の施設ではないが、自分たちが古くから守っている宿文化や、温泉を次世代に継承していこうと、新たな商品づくりなどにも力を注いでいる。

 
 「秘湯の宿」「歴史的建造物の宿」などといった言葉の響きから、古くさい、前時代的なイメージを抱く人がいるかもしれない。しかし、実際訪れてみると、外観は歴史ある建物であっても、館内や客室の快適性は、同時代の宿泊施設と比べても遜色ない宿が多いことに驚く。

 

 
 国有形登録文化財の法師温泉長寿館は、私が「旅行新聞」に入社して間もない20年ほど前に初めて取材で訪れた。大先輩の岡村興太郎さんは私と炬燵の中で酒を飲みながら、夜遅くまで宿の歴史や、大切にしている宿文化を丁寧に教えてくれた。

 
 数年前にも訪れたが、そのときと比べて、今回はさらに館内の各所が使い勝手が良いように、整備されていた。

 
 古いものを磨きながら守り、一方で快適に過ごしてもらうために利便性を追求していく姿勢を貫いている。それも「センス良く、常に“時代の空気感”と並走している」印象だ。法師温泉長寿館のすごいところは、この絶妙なさじ加減をさりげなくやっているところである。

 

 
 新館を建てたり、宿をリニューアルしたりする際、待望のオープン時に、「時代の空気と合った宿に仕立てられるか」は難しいところだ。設計に数年を要し、ようやく建設に踏み切った瞬間に、市場環境が大きく変わることもある。今は数年で旅行スタイルも変化する。コンセプトを見誤ると、時代と合わない宿が産声を上げてしまう。

 
 歴史を刻む宿は、「時代とともに変化しなければならない」ということがDNAに組み込まれており、なまじっか新しい宿よりも“新しい”。「新しさ」を日々積み重ねてきた、長い歴史を持つ宿が歳月の違いを見せつける瞬間に、私などは唸ってしまう。

 (編集長・増田 剛)

 

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