「女将のこえ223」村上康恵さん、鷗風亭(広島県鞆の浦温泉)
2019年6月25日(火) 配信
□自己成長の場所
国の名勝・鞆の浦。瀬戸内海の潮と潮が出会う良港といわれ、かつては海上交通の要としても栄えた。そのため、歴史的なストーリーが数多くある。
弁天島や仙酔島を望む、高台の福禅寺対潮楼からの景色は、江戸時代の朝鮮通信使から「日東第一形勝」と称賛されたが、令和時代の今も、目を見張る美しさを留めている。
また、この地を包括する福山市は市内100万本を誇る「ばらのまち」であり、ちょうど取材時期は満開でそれは見事だった。
村上康恵さんは、大学を卒業した翌年に会社員の家庭から嫁いできた。「『お正月はなぜお休みにしないの?』と、聞くくらい何もわかっていませんでした(笑)」。
一女二男の子育てをしながら出来る範囲の仕事を手伝い、現在では3旅館を見ている。当初は、景勝館1軒だったが、1997年に2軒目のここ「?風亭」を開業。「地域でサービス一番になる」と目標を立てた。仲居という呼び名は使わず接客係とし、源氏名ではなく苗字で挨拶するなど、仕事に誇りを持ってもらいたいという一つの思いがあった。「思いが強く40代まではよく怒っていましたが、徐々に、アンガー(怒り)マネジメントの大切さに気づくようになりました」。
確かに、怒りのコントロールはリーダーの必須科目だ。人として正しいうえに、そのほうが働く人の心理的安全性が担保され、能力が発揮できるからだ。毎月、各館で行う女将さんミーティングでもそれを念頭に置き、一人ひとりの自主性を伸ばせたら、と語る。
「私だけが話すのではなく、みんなで話し合い、飲み物の販促やインバウンドについても考えてくれるようになりました」。
村上さんは年来、女将像を手探りしてきたという。着物を着て宴席であいさつしなければならないなどの固定観念があり、主婦業との狭間で完璧にできない悩みもあった。しかし、決まりはないことや、できるときにすればいいという柔軟性も出てきたという。
実は嫁ぐ前の1年間、小学校の先生をしていた。そこから別世界の旅館に来て思った。「人様に対してきれいに頭を下げられることの大切さを思うとき、神様は私がそうできる人間になれるよう、女将に就かせたのではないかと」。
現場からは少し遠くなっているそうだが、ゲストとの込み入った対応は、村上さんの出番。社員用エレベーターの鏡の前で「がんばるぞ」と言い聞かせる。
最近お気に入りの言葉がある。「心を尽くして、平気で生きる」。
(ジャーナリスト 瀬戸川 礼子)
住所:広島県福山市鞆町鞆136番地▽電話:084-982-1123▽客室数:43室(225人収容)、一人利用可▽創業:1997年▽温泉:単純弱放射能冷鉱泉▽料金:1泊2食付2万円~(税込)▽㈱鞆スコレ・コーポレーションとして、景勝館、鷗風亭、遠音近音(をちこち)の3旅館、飲食店、東京銀座の広島ブランドショップ「TAU」を経営。
コラムニスト紹介
ジャーナリスト 瀬戸川 礼子 氏
ジャーナリスト・中小企業診断士。多様な業種の取材を通じ、「幸せのコツ」は同じと確信。働きがい、リーダーシップ、感動経営を軸に取材、講演、コンサルを行なう。著書『女将さんのこころ』、『いい会社のよきリーダーが大切にしている7つのこと」等。