農家が観光公害対策へ 美瑛町の誇る農業景観守れ 畑看板プロジェクト
2019年6月28日(金) 配信
北海道・美瑛町の農家が、観光公害対策に乗り出した。5月24日から「畑看板プロジェクト」の資金調達を目的としたクラウドファンディングを行っている。訪日外国人旅行者らが私有地である農地に侵入しないよう、看板や撮影場所などを整備するためだ。目標の100万円は3日間で達成。10日間のうちには2倍の200万円を超える支援が集まった。地域にもPJのうねりが広がっている。PJを通して美瑛町が誇る農業景観の保全や、農家と観光客の相互理解、マナー啓発をはかる。
【平綿 裕一】
□農家主導で取り組みを
「観光客と接触が少ない地区の農家から『何かあったら手伝うから声を掛けて』など、地域からも温かい声をいただいている」。PJリーダーの大西智貴氏は、取り組みに手応えを感じている。
北海道のほぼ中央に位置する美瑛町の農業景観は、観光客に人気だ。3千枚もの四角い畑が広がる丘。同じ作物を続けて作らない輪作体系によって、毎年異なる風景を織り成す。
現在では年間160万人もの観光客が訪れている。一般的な観光地とは異なり、農家の営みそのものが観光資源という珍しい場所だ。
一方、農家と観光客の間には溝が横たわっていた。写真を撮るために無断で農地に入るなどの観光公害に頭を抱えていた。靴底についた病原菌を農地に持ち込まれると、作物が枯れるといった重大な問題を引き起こす危険性がある。
「急増する外国人観光客やアマチュアの写真家らのマナー違反行為が多発し、自体は悪化するばかりだった」(事務局の小林孝司氏)。
PJでは観光客を排斥するのではなく、共存する道を探った。「美瑛町としても観光は重要な産業。否定的な情報発信や立入禁止看板で阻害するだけではいけないと考えていた。我われ農家の率直な想いや考え、意見を伝えたかった」(大西氏)。PJには被害者である農家が自ら立ち上がり、「農家主導」で取り組んだ。
□畑看板PJ実施に至るまで長い道のり
構想は5年前からあった。小林氏が美瑛町の町づくり組織に属していたとき、役場に予算要求をしたことがあった事業だった。その時は予算が通らなかったため、実行には至らなかった。
昨年には組織を離れ、民間として実施することを目指した。観光庁のオーバーツーリズム対策実証実験事業にエントリーしようとしたが、前段階の北海道の選考で落選。そして、クラウドファンディングに望みを託した。
小林氏は「(観光公害のような)社会問題的な要素の案件でクラウドファンディングを活用する例は珍しい。支援を集めることは難しいと予想していた」と振り返る。
しかし反響は予想以上だった。6月27日時点で約270万円の支援が集まり、支援者数は280人ほどとなった。
地元では役場や観光協会、農協などから支援や協力の声が掛かった。これまであまり積極的ではなかった組織や団体、町民もPJがきっかけとなり、少しずつ前に進もうと動き出したという。
「我われの取り組みが地域全体を巻き込んで大きなムーブメントになり、同じ方向に進むことができれば、目的の1つは達成したといえる」(小林氏)。
成功への一助となったのは、SNS(フェイスブック)の活用だ。PJ開始前から戦略的な情報発信を心掛けた。小林氏は「サイトへ訪れる支援者の9割は、我われが立ち上げたフェイスブックページから。情報発信が大きく貢献した」と語る。
想いは伝わった。「全国に美瑛町のファンがいて、自分のことのように真剣に考えてもらっていると実感した。とてもありがたい」(小林氏)。
資金調達後は大きく3つの事業を展開する。
1つは資金を元手に、PJなどを紹介するウェブサイトを構築・運営する。このほか、農業景観を背景にして写真が撮れるスペースを3カ所設け、農地所有者の名前を明記した看板などを設置する。
□畑看板から農家の想い伝える
ただの看板ではない。看板にはQRコードがあり、農家のメッセージ動画やSNS、ECサイト、PJの協力金を募るサイトなどにリンクするようになっている。協力金はQRコード決済ができるようにする。
ここから、農家の営みによって生まれる農業景観に対する理解を深めてもらう。景色を眺め楽しむ側も、農業景観を守っていくという意識が芽生えるようにする。
看板は景観を損なわないように工夫し、来訪への感謝の言葉も添える。農家の想いを、観光客に直接伝える。「美しい農業景観の、その裏にいる農家の『物語』も理解してほしい」(大西氏)。
当初目標を大きく超えたことで、看板デザインをプロに依頼し、畑看板の設置箇所を増やせないかも検討している。また来年以降に、看板設置を希望する農家が増えたときの費用にもしていきたい考え。
ただ、課題もみえた。今回は外国人旅行者にも取り組みを知ってもらえるよう、越境型のクラウドファンディングサイトを使った。日・中・英の3カ国語に対応していたが、「支援者のほとんどが日本人だった」(小林氏)という。
外国人へのアプローチは上手くいかなかった。「別の戦略で情報を発信していく必要がある」と解決策を模索する。
SNSへの写真投稿は、とくに東南アジアからの観光客には旅の目的になるほど重要視されている。今後はPJを通じ、外国人旅行者に取り組みの意義をいかに理解してもらえるかが、カギとなりそうだ。