「津田令子のにっぽん風土記(53)」地域全体のことを考える老舗旅館~静岡県・熱川温泉編 ~
2019年9月14日(土) 配信
太田宗志さんは専務取締役として静岡県の伊豆半島で3つの旅館を経営している。創業100年を超える老舗で、東伊豆町の熱川温泉にある「伊豆熱川 源泉湯守り 玉翠館」に、10年前から「奈良偲の里 玉翠」、昨年から「伊豆高原 大室の杜 玉翠」が加わった。
太田さんは熱川温泉で生まれ育ち、中学からは東京や京都の学校へ進学、東京で広告会社に勤めた後に湯布院の亀の井別荘の社長のお世話になり、熱川に戻ってきた。
「お客様のニーズがどんどん変わってきています。団体客が減る一方で外国人のお客様が増えています。色々な変化に対応しなければならないのは大変ですが、楽しい点でもあります」。
そんななかで、大切にしているのはお客への対応だ。祖母である大女将、母である若女将からは「心を売る商売」と言われてきた。「予約の電話一本とっても、苦手な食べ物を聞いたり観光情報を提供したりもします。お客様のようすを感じ取って対応するようにしています。言葉で表すのは難しいですね」。
また若女将は「うちの旅館だけ人が入っていても、地域として人が入っていなければ、長い目で見ると衰退する」と繰り返し話していたという。太田さんは今、熱川観光協会で集客関係の部長を務め、その言葉を具体化する取り組みを進めている。ホームページやパンフレットでは一部の旅館だけではなく、公平性を考えてバランスを取りながら紹介している。地域の飲食店や施設などの振興も考えている。ネット商品にくじ引きをつけ、地域での消費を促す施策も初めて試みた。さらに、広域での集客を考えて同じ東伊豆町にある稲取温泉と連携し、お互いの地域を紹介し合うチラシを作成した。
個人での取り組みも行っている。伊豆半島の人にインタビューし、人を通じて伊豆を伝えるウェブサイト「いずみーる」を立ち上げ、SNS(交流サイト)に300以上の写真を掲載した。「観光サイトと差別化するため、大手の観光サイトではできないことをと考えました」。サイト名は「伊豆」と亡き母の名前「いずみ」をかけているそうだ。
「玉翠」はそれだけで旅の目的地となるような素晴らしい宿だ。宿の経営者が地域全体のことを考えているというのは、地域にとって大変心強い。「熱川温泉だけでなく、東伊豆町、そして伊豆半島として集客をして『伊豆か箱根か』と言われるくらいにしていきたい」と笑顔で話す。
コラムニスト紹介
津田 令子 氏
社団法人日本観光協会旅番組室長を経てフリーの旅行ジャーナリストに。全国約3000カ所を旅する経験から、旅の楽しさを伝えるトラベルキャスターとしてテレビ・ラジオなどに出演する。観光大使や市町村などのアドバイザー、カルチャースクールの講師も務める。NPO法人ふるさとオンリーワンのまち理事長。著書多数。