【特集No.534】道の駅「川場田園プラザ」 農業プラス観光で“地方創生”
2019年9月20日(金) 配信
道の駅「川場田園プラザ」(永井彰一社長)は武尊山の麓に広がる群馬県・川場村に位置する。人口約3500人の小さな農村に、東京など県外ナンバーの車が列を作る川場田園プラザには、年間200万人近くの人が訪れ、“地方創生の成功モデル”として進化を続ける。永井氏は2007年に社長に就任すると、まず全スタッフの意識改革を断行した。さらに「経営者が売りたいものではなく、お客様が欲しい商品」を顧客目線で開発することで強い支持を得ている。永井社長に多くの顧客を惹きつける理由を聞いた。
【増田 剛】
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道の駅「川場田園プラザ」(通称:田プラ)は、地場産品の6次産業化など、自然豊かな農村地の活性化に取り組んでいる。川場村の「農業プラス観光」という村づくりの中核的な事業を展開する拠点の役割を担っている。
地元の新鮮野菜や果物が買える「ファーマーズマーケット」をはじめ、レストラン、パン工房、ビール工房、カフェや日帰り温泉などを備える。老若男女が「一日中遊べて楽しめるタウンサイト」として、今や年間200万人近くが訪れる。
14年には国土交通省が選定する「全国モデル『道の駅』」(6駅)に認定された。全国各地、海外からも視察団が押し寄せ、〝地方創生の成功モデル〟として注目を集める。
□11年で来園者は3倍に拡大
川場村の第三セクターとしてオープンした田プラは、07年に赤字に転落。そこで白羽の矢が立ったのが、地元で生まれ育った、永井酒造4代目社長の永井氏だった。
田プラの社長に就任した当時、「第3セクターの最大の弱点である官民双方の短所の固まりでした。『いらっしゃいませ』や『ありがとうございます』のあいさつもできないし、コスト意識もまったくない状態」と振り返る。そこから永井社長の戦いが始まる。
「引き受けたからには、社長のオレが自分で方針を決める」と村に白紙委任状を要求し、行政が経営に関与しない線引きをした。全スタッフとも面談し、「利益が出なければ賞与はないし、給料も下げる。やめてもらってもいい」と説明した。だが、誰一人やめなかった。「厳しいことを言うが、利益が出れば真っ先にあなたたちにお返しします」と約束した。
永井社長が最初に取り組んだのは、全スタッフの意識改革。加えて、マーケティングの視点を養うことと、商品とサービスの一体化――だ。
その後の田プラの躍進は目覚しい。17年度の来園者は180万人と、永井社長が就任した06年度の62万人から11年間で3倍に拡大した。18年度の直営(飲食7店舗、物販2店舗)の売上高は14億5千万円と前年度比16%の伸びを示している。
□現場主義を徹底
全スタッフに、あいさつや清掃を徹底し、コスト意識の浸透にも努めている。「一流のおもてなしとは、どのような接客をしているのかを体感してもらう」と、東京ディズニーランド(TDL)にスタッフを連れて行ったこともある。アトラクションには一切乗らず、終日キャストたちの動きを視察させた。
永井社長は、徹底した“現場主義”者である。
「すべて現場に答えがある」と、来園者の声を取り入れる。さらに、お客が何を食べ、何を残すかごみ箱もしっかりとチェックしている。週末や繁忙期には自ら飲食店のフライパンを握り、調理をしている。「役員にも忙しいときは、事務所にいないで現場に出るように言います」。
経営戦略会議では、永井社長が指示指摘した年間約1千項目の進捗状況を部署ごとにすべてリスト化し、精査する。トップが現場の状況を知り尽くしているため、スタッフは緊張しながら会議に臨む。
現場主義だからこそ、できる改善も多い。
そば店では薬味を入れる小皿500枚を洗う負担を軽減するために、ネギを刻んだものを各テーブルに置き、お客様に取り分けてもらうようにした。「ネギもしっかりと綺麗に切ることで、お客様からの不満の声はありません」(永井社長)。…
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