「女将のこえ225」山口 紋加さん、花鐘亭はなや(北海道登別温泉)
2019年9月20日(金) 配信
□変わらない私
新千歳空港からバスで約1時間。登別で最初のバス停を降りれば、ほんの1分で「花鐘亭はなや」に到着だ。ちょっとした心遣いが至るところに感じられ、ほっとする。
道でスタッフが出迎えてくれたり、小上がりの畳には遊ぶ雀が刺しゅうされ、とても可愛らしい。ラウンジでは夜10時まで各種フリードリンクを用意。浴場の前にタオルが置かれ、忘れても客室まで戻らずに済む。部屋食と食事処が選べ、滞在時間は14時~翌11時と長い。昼食も取れる。
これらは、浴場の小ささや立地がメインエリアから離れているなどの弱みを好転させるアイデアでもある。
山口紋加さんは、父と先代が知り合いだった縁で、5年前にフロントとして入社。インバウンド客も多いことから、オーストラリアの大学を出た語学力が生かせると考えた。
間もなく、はなやは日本人の個人投資家に友好的に譲渡され、後継者の打診を受ける。
そして、とりわけこの数カ月は、人生でも忘れがたい日々ではなかろうか。実は、取材から遡ること10日前、母の富智子さんが亡くなられたという。そんな渦中でも、頼まれたことを嫌と言わなかった母の意を汲み、予定通りに取材を受けてくれた。「人のことを考える」。母から引き継がれた思いに、いたく感じ入った。
その少し前、7月1日には代表取締役に就任している。2児のシングルマザーでもある紋加さん。近くで支えてくれた母の愛はどれほど大きかったろう。
入社5年で紋加さんの環境は大きく変わり、自身もスタッフと共にはなやを変えてきた。それはサービスに留まらず、「考え方」の変革である。
女将主導ではなくスタッフ主導を理想とし、「これはあなたが調べてくれる?」などと緩やかに仲間づくりをする。女性管理職を育てるのが紋加さんの夢の1つだ。また、人事考課を取り入れたり、ボーナス時には全員に個別の手紙を贈る。SNSの発信や返信もまめに行い、集客につなげている。
しかし、「変わらない私」も紋加さんの中にある。「スタッフだったときも、去年の地震のときも、見返りを求めず責任を持ってやってきました。代表取締役になっても自分が偉いとは思いませんし、とくに気持ちは変わらないんです。母もどこかで、変わらない私を見ていてくれるんじゃないかな」。
「なんかほっとするんだよね」。そう言ってもらえる宿を「みんなとつくっていきたい」。そんな紋加さんを、姿ある人もない人も、変わらず応援していくに違いない。
(ジャーナリスト 瀬戸川 礼子)
▽住所:北海道登別市登別温泉町134▽電話:0143-84-2521▽客室数:21室(全75人収容)、1人利用可▽創業:1968(昭和43)年▽料金:1泊2食付き15,950円~(税・入湯税込)、▽泉質:硫黄泉▽源泉100%かけ流し温泉。日帰り入浴あり。グループ会社に「虎杖浜温泉ホテル」、「てしお温泉夕映」がある。昼食はすきやき丼など。
コラムニスト紹介
ジャーナリスト 瀬戸川 礼子 氏
ジャーナリスト・中小企業診断士。多様な業種の取材を通じ、「幸せのコツ」は同じと確信。働きがい、リーダーシップ、感動経営を軸に取材、講演、コンサルを行なう。著書『女将さんのこころ』、『いい会社のよきリーダーが大切にしている7つのこと」等。