「女将のこえ226」菊池 成湖(まさこ)さん 、名月荘(山形県かみのやま温泉 )
2019年9月29日(日) 配信
□日々是好日を願って
「蔵王連峰から上る名月を見せて差し上げたい」と、1996年にこの高台に移転した。4千坪の敷地に趣の異なる客室が20室。室礼に遊び心があり、どこにカメラを向けても絵になる。大人の常連客のみならず、家族連れにも好まれている。
成湖さんの前職はディスクジョッキー(DJ)。学生時代は大好きなスノーボードを存分にするためゲレンデでDJのアルバイトをし、銀行、スノーボード店勤務後、地元のラジオ局に入社。後にフリーランスになった。
名月荘との縁は、実父と同館の税理士が友人だったことから生まれた。「手伝わなくていいよと言われましたが――。旅館あるあるですよね(笑)」。
新たな世界で、「名月荘に合う私の仕事を見つけよう」と考えた成湖さん。それは結婚式だった。結婚式の司会者でもあった成湖さんならではの発案だ。「これから50年も60年も共に暮らす方々のスタートをお祝いできる光栄な仕事です。スタッフも育ち、私がいなくても大丈夫。頼りになる社員プランナーもいます」。
やりがいのある仕事を見つけた一方、前職との大きな違いも感じた。「ラジオや司会の仕事は終了時間がはっきり決まっていて、その後は自由でした。でも、旅館は長く働くことがいいという風潮があるな、と」。
昨年、成湖さんは乳がんの手術をした。「実は、病気が分かってちょっとほっとしたんです。あまりに過密スケジュールだったので、『これで少し休める』と思う自分がいました」。患者の間では、がんになったことで、改めて日々の幸せや求めていたライフスタイルに気づくことなどをキャンサーギフトと表現すると聞いた。
3年前に社長を継いだ夫の友伸さんと成湖さんは以前から、命令型組織ではなく「自分たちがいなくても回る会社」、つまり主体的な個々が生き生き働く組織を目指してきたが、病気によって、仕事と休み、心と体のバランスのよい職場づくりへの思いはより増したのではなかろうか。
「いいスタッフばかりでありがたいです。リーダー不在でも意思疎通できるラインワークスの活用、リーダーとスタッフの交換日記、ロールプレイング、採用活動はスタッフと同行し、経営発表会は部門を横断して話し合うなどしています」。
平穏な心を愛する成湖さん。名月荘にはそれが似合う気がする。一人娘のためにも過酷な仕事は残したくない。「使命感ではなく肩の力を抜いて楽しめたらいいな」。
好きな言葉は「日々是好日」だ。
(ジャーナリスト 瀬戸川 礼子)
▽住所:山形県上山市葉山5-50▽電話:023-672-0330▽客室数:20室(全90人収容)、1人利用お蔵のみ可▽創業:1956(昭和31)年▽料金:1泊2食付き34,170円~(税込)▽泉質:ナトリウム・カルシウム塩化物硫黄泉▽客室は離れタイプ。ゲストの趣味嗜好を極力把握し、居心地の良さを大切に。離れの談話室はヨーロッパの邸宅に来たような内装。
コラムニスト紹介
ジャーナリスト 瀬戸川 礼子 氏
ジャーナリスト・中小企業診断士。多様な業種の取材を通じ、「幸せのコツ」は同じと確信。働きがい、リーダーシップ、感動経営を軸に取材、講演、コンサルを行なう。著書『女将さんのこころ』、『いい会社のよきリーダーが大切にしている7つのこと」等。