「観光ルネサンスの現場から~時代を先駆ける観光地づくり~(176)」市民協働による新たな観光ビジョンづくり(新潟県上越市)
2019年9月28日(土) 配信
ポスト2020年を意識してか、各地で観光基本計画やビジョンの策定・見直しが進められているが、これら計画づくりには、いくつかの特色がみられるように思われる。訪日外国人客(インバウンド)の誘致とその仕組みづくりは共通だが、計画(事業)の推進母体の強化と再編、これらの計画を担う民間プレイヤーの発掘・育成、計画づくりへの市民参加といった点が大きな特色であろう。
そんな事例の1つ、新潟県上越市では、今年度終了する「第5次観光振興計画」を踏まえ、新たな観光ビジョンづくりに着手した。
上越市といえば、城下町高田、大河ドラマにもなった上杉謙信の居城春日山城、新水族博物館「うみがたり」を中心とした日本海エリアなどが有名である。既存計画では、これらゾーンを意識しながら地域資源のさらなる魅力向上や受入、人材育成、組織強化、観光情報・プロモーションなどの「持続的・基礎的取組み」、MICEやインバウンドなど「新たな交流機会の創出」、集客エリアの「周遊形成の取組み」という3つの施策を核とした施策の体系を描いていた。
しかし、今回のビジョンづくりは、これまでの計画づくりとはひと味異なる視点と手法が導入されている。
その1つが「観光」概念の捉え直しである。典型的な観光地とはいえない上越にとって、「観光」とは何か。観光には、経済的効果と社会的効果があるが、今期のビジョンでは、来訪者と住民の交流を通じて、地域住民が地元への誇りと愛着を持つことや移住・定住の増加など、社会的効果が強く意識されている。コミュニティーに支持される観光地域づくりでなければ、結果的に「持続性」に乏しい。だから新たなビジョンづくりでは、「何のために観光に取り組むのか」「地域が目指す観光地域はどのようなものか」を、繰り返し問い続けている。
2つ目は、ビジョンとこれらを実現するための担い手(プレイヤー)の拡充と役割の明確化である。どのような計画を描き、組織をつくっても、これらを担う人材が乏しければ絵に描いた餅になってしまう。今回は、ビジョン策定委員会と並行して、多くの市民と事業者らを巻き込んだワークショップや、「出前意見交換会」を積み重ねるという手法が導入されている。
3つ目は、ビジョンそのものを簡潔に〝伝わる〟内容・構成にするという視点である。もちろん対象は市民や事業者である。どんなに精緻な計画を作ってもプレイヤーたる市民らに理解され支持されなければ、地域ぐるみの計画にはならない。
誠に当たり前のことばかりではあるが、こうした市民協働による観光ビジョンづくりがようやく始まった。従来の計画づくりからすれば、一見、まわりくどい手法であるが、これからのビジョンづくりの王道ではないかと思う。
(東洋大学大学院国際観光学部 客員教授 丁野 朗)