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〈旬刊旅行新聞10月21日号コラム〉景観と防災 巨大な壁もいつか陳腐化する運命に

2019年10月21日
編集部:増田 剛

2019年10月21日(月) 配信

日本各地で見られるコンクリートの堤防(写真はイメージ)

 大型の台風19号がもたらした被害の状況が、今も全国各地で拡大しており、心を痛めている。被災された方々には心よりお見舞い申し上げます。
 
 海や山、川など自然環境と共存している旅館・ホテルや、観光施設、運輸機関などの被害も、SNS(交流サイト)などを通じて報告され、1日も早い復旧・復興を願っている。
 
 今回の台風の雨量は想像を超えた。神奈川県の箱根などは観測史上最高値に達し、未曾有の災害となった。千曲川(長野県)や那珂川(茨城県)など大きな河川が多発的に決壊した。東京都内でも多摩川が氾濫するなど、大きな衝撃を与えた。総務省消防庁が17日に発表した災害状況によると、64河川111カ所が決壊し、浸水被害は3万3616棟に上るという。
 
 想定を超える水害が各地で発生したために、一部地域では、「景観と防災のための護岸工事のどちらを優先させるか」で対立する場面も出てきた。川や海の堤防を高くすれば、水害の危険性は低くなるが、景観の悪化は避けられない。
 
 川は「生き物」である。太古の昔から、大雨が降れば川は氾濫し、より低いほうに流れ、その姿を変えてきた。しかし、近代はコンクリートの堤防で川の流れを固定したため、川底は上がり続け、堤防も高く、高く築かれていく。このため、一度氾濫すると、川底よりも低くなった住宅地は大被害となる。
 
 美しい自然景観と防災のための護岸工事のどちらを優先させるかは、今後観光業界にとって、真剣に考えなければならない問題である。
 
 「犬と鬼―知られざる日本の肖像」を執筆した東洋文化研究者のアレックス・カー氏は、日本の海岸や川の護岸ブロック、山肌を覆うコンクリートの美的センスの欠如を痛罵した。共感できる部分も多い。しかしながら、その「みっともない姿」は、山岳地が大部分で、欧米のような広大な平地の少ない日本では、度重なる自然災害から身を守るため、「美観よりも生存を優先させた」なりふり構わぬ生身の姿でもあるのだ。
 
 東日本大震災が発生したときも、大津波が広範囲に襲った。岩手県宮古市の田老の防潮堤を津波が超えた。原子力発電所を抱えるエリアなど、多くの地域で従来よりも高い防潮堤の建設が続く。美しい海を眺める景観よりも、ハード面での防災、減災を高めることを優先している。さまざまな議論があったうえでの地域の人々の決定であり、是非の判断はできない。
 
 中国の万里の長城は、北方の異民族の侵入を迎撃するために築かれた。日本や世界各地に残る城の石垣や城壁も、敵兵の侵入を阻止するために土木技術が進歩し、今となってはその壮大さに美を感じる。東西冷戦時代にはベルリンの壁が築かれた。戦争や自然災害の脅威から身を守るために、人類は大きく高い壁を築いてきた歴史がある。現在も、密輸や密入国が深刻化しているメキシコとアメリカの間に壁は築かれている。
 
 目下の日本の大きな「敵」は、異常な勢力で容赦なく来襲する自然災害である。自然の猛威に立ち向かい、人々を守る殺風景な壁も、見方を変えれば美しく見えなくもない。壁はその土地、その時代の文化の様相である。しかし、いかなる巨大な壁もいつか人類の叡智によって、陳腐化する運命にあると信じたい。
(編集長・増田 剛)

 

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