「もてなし上手」~ホスピタリティによる創客~(107)勇気を出しておもてなし 「案内して終わりでなく」
2019年12月3日(火) 配信
「贅沢なことは言いません。せめて、新幹線を降りられた時のわくわく感のまま、旅館にお客様をお連れいただきたい」。旅館の女将さんがタクシードライバーに話していたこの言葉が、頭にずっと残っていました。
早朝の出張で空港まで、タクシーを利用することがあります。「今日一日顔張るぞ」と乗ったタクシーでドライバーの対応が悪く、暗い気持ちになった体験を何度かしています。私は乗車前に、必ず小銭を用意します。以前に1万円札しかなくて叱られた苦い経験があるからです。近距離で嫌な顔をされたことも、1度や2度ではありません。
ある日、東京に開業したホテルに泊まることになりました。初めて行く場所で、土地勘もないのでタクシーを使いました。ただ、新しいホテルだと名前を言っても分からないだろうと、住所を控えておきました。
タクシーに乗り込み、ホテル名を伝えると「ごめんなさい。そのホテルは分かりません」「住所をナビに入れてもらえますか」「それは助かります」。そんな会話をして出発しました。ホテルに近づくと、ドライバーが「お客様、このホテルにはまたお越しになりますか」と尋ねてきました。「分かりませんが、どうしてですか」と応えると、「ホテルは、明治座の隣のようですから、またお越しになるときは明治座と言ってください。分からない運転手はいないと思います」。
今まで、ドライバーに「その場所は分かりません」と何度も言われましたが、次の乗車のことまで気遣いされたのは初めてでした。タクシーを降りるときには、ドライバーが「入り口はどこでしょう」と聞くので、「あの明かりのところでしょう」と入口らしき場所を指さすと、「ちょっと待っていてください」と走り出して行きました。
そして、「お客様、違いました。あっちを見てきます」と、また別の方へと走って行き「こっちです」とホテルの入り口を見つけてくれたのです。目的地まで案内して終わりではなく、入口まで探してくれた運転手に感動しました。
「ありがとう。助かりました」とお礼を言うと、「お客様、一緒にホテルに入ってもいいですか」と頼まれました。どうしたのかと思いながら、一緒にホテルに入ると、周りを見渡しながら「良いホテルですね。おかげで次にこちらにお客様をご案内するとき、話のネタができました。ありがとうございます」と言うのです。
その姿にプロ意識を強く感じました。別れ際には「良い夜をお過ごし下さい」と一言。良い印象をお客様に残す勇気ある言葉に、思わず笑顔になり、良い運転手に出逢えたことにうれしさを感じた瞬間でした。
コラムニスト紹介
西川丈次(にしかわ・じょうじ)=8年間の旅行会社での勤務後、船井総合研究所に入社。観光ビジネスチームのリーダー・チーフ観光コンサルタントとして活躍。ホスピタリティをテーマとした講演、執筆、ブログ、メルマガは好評で多くのファンを持つ。20年間の観光コンサルタント業で養われた専門性と異業種の成功事例を融合させ、観光業界の新しい在り方とネットワークづくりを追求し、株式会社観光ビジネスコンサルタンツを起業。同社、代表取締役社長。
いいお話しで、とても参考になりました。