「女将のこえ229」佐藤久美さん 旅館 神仙(宮崎県・高千穂)
2019年12月15日(日) 配信
□目的地となる旅館へ
日本神話で天孫降臨の地とされる高千穂。「天照大神がお隠れになった」と、伝えられる天岩戸神社や、断崖が7㌔続く神秘的な高千穂峡など、いわゆるパワースポットがそこここに点在する地だ。早朝の国見ヶ丘から望んだ雲海とご来光は、記憶に残り続けるであろう美しさだった。
「旅館 神仙」が誕生したのは、宮崎がハネムーンブームに沸いていた頃だ。創業者は久美さんの祖母で、まだ20歳だった父で現社長の功宏さんが、大学を中退してそこに加わった。銀行は融資を出す条件に、功宏さんとの連帯を求めたのだ。
すでに後発だった神仙は、1泊3食3千円からという低価格な宿として生き残りながら、たゆまぬ改善と単価アップを重ね、今では客単価3―7万円の高級旅館へと大変貌を遂げた。それまで外に流れていた富裕層を高千穂に迎え入れた功績は大きいはずだ。
「本格的な改革は20年前からです。建物を大改造し、アンケートの厳しいご意見に向き合い、一つひとつ、私たちとお客様の意識のギャップを埋めていきました」。同時期、浴衣と帯が選べるサービスやスリッパ不要の全館畳敷きを全国に先駆けて行った。
2006年には、楽天トラベル主催「女将さん おもてなしの心コンテスト」で全国1位に。これを機に、久美さんは30代前半で、母から女将を継いだ。ところが、想像以上の心理的負担があり、出勤できない日がやって来た。「今はいいスタッフに恵まれていますが、当時は若い人への教育も大変で……」。
救ってくれたのは、そうとは知らずに学校から帰って来た3人の息子たちだ。「いつまでも布団を被っているわけにはいかないなと。社員やその家族も含め、守るべき存在のお陰で、翌日から復帰できました」。
久美さんは仲間が増えている実感がある。地元で良いものづくりをする人々、カナダ留学時代の卒業生の絆。「すごい人たちに会うと、自分はまだまだだと思う一方、もっとできるとも思えます」。
ソムリエ資格を持つ久美さんは、年に一度、高千穂の食材を人気シェフに調理してもらい、ワインと共に楽しむ会を東京で開いている。来春は、そこで出会った講師による「インフルエンサーアカデミー」に学ぶ。「情報発信力の強化のために、飛行機で通います」。時間、料金、仕事にかかる負荷を、「その分、本気で学べる」と、前向きな瞳が輝く。
「高千穂に行く」から「神仙に行く」へ。関わったすべての人の幸せに繋がって行く――。それが久美さんの願いだ。
(ジャーナリスト 瀬戸川 礼子)
▽住所:宮崎県西臼杵郡高千穂町大字三田井1127-5▽電話0982-72-2257▽客室数:15室(本館8室、離れ5棟、別邸2室)、1人利用可▽創業:1973年▽料金:1泊2食付き27,500円~(税込)▽14の食事処がある。「神仙キャビア」(10㌘7,000円~)を11月から販売。「世界農業遺産 高千穂郷・椎葉山地域」登録の高千穂町と椎葉村の連携商品。
コラムニスト紹介
ジャーナリスト 瀬戸川 礼子 氏
ジャーナリスト・中小企業診断士。多様な業種の取材を通じ、「幸せのコツ」は同じと確信。働きがい、リーダーシップ、感動経営を軸に取材、講演、コンサルを行なう。著書『女将さんのこころ』、『いい会社のよきリーダーが大切にしている7つのこと」等。