「味のある街」「ドルフィンソーダ」――ドルフィン(神奈川県横浜市)
2020年1月3日(金) 配信
先日、久しぶりに坂の途中にある横浜山手のドルフィンを訪ねた。「坂を上ってきょうも ひとり来てしまった山手のドルフィンは 静かなレストラン、晴れた午後には 遠く三浦岬もみえる」でお馴染みの、ゆかりのレストランだ。荒井由実のセカンドアルバム「ミスリム」(1974年)に収録の「海を見ていた午後」の一節である。
「あの日に帰りたい」と願いつつ、この店を訪ねるユーミン(松任谷由美)ファンの聖地としても人気がある。当時はなかったテラス席が高台に増設され潮風を感じながら「海のある風景」を眺められるという最高のシチュエーションを体感できる。大学時代には週末のたびに車を走らせ、ユーミンの世界をたどったものだ。あれからどれだけの月日が流れただろうか。
店のドアを押して中に入ると大きなガラス張りの海側には、かつてはなかったマンションが建っていて、窓一面に見える風景は変わっていた。
NHK文化センター川越教室主催の「横浜山手の世界のXmas~テニス発祥記念館から山手西洋館めぐりとクラシカルな洋館馬車道十番館のお食事」という講座を企画し、講師として皆さんと横浜を満喫した帰りに、JR根岸駅を降り、坂を上ってたどり着いたというわけだ。
夕方4時を少し回り、日が傾きかけていた。テラス席に出て暮れかかる景色をしばらく眺めていると30分ほどで日の入りの時刻を迎えた。その瞬間、オレンジ色に光る波の束と紫色に輝く貨物船が、滲むように見えた。「わぁ貨物船だ~」と。
あれから45年が経つというのに今でも「ソーダ水の中を 貨物船がとおる」という歌詞の通り、行き交う船のようすがグラス越しに見えた。うれしくてユーミンの歌を口ずさみたくなった。
小さな泡が口の中でシュワッシュワッとはじけては消え、消えては弾けていくのが分かる。その感触と海と眼下に広がる街の灯りをしばらく静かに眺めることに。
店を出ると、すでにドルフィンの赤いネオンが、街を照らしはじめていた。
(トラベルキャスター)
コラムニスト紹介
津田 令子 氏
社団法人日本観光協会旅番組室長を経てフリーの旅行ジャーナリストに。全国約3000カ所を旅する経験から、旅の楽しさを伝えるトラベルキャスターとしてテレビ・ラジオなどに出演する。観光大使や市町村などのアドバイザー、カルチャースクールの講師も務める。NPO法人ふるさとオンリーワンのまち理事長。著書多数。