「トラベルスクエア」「いつもの…」は素敵な言葉
2020年1月25日(土) 配信
西村まさ彦さんが演じる古本屋のご主人が、近くの喫茶店「ポラリス」にいつものようにコーヒーを飲み来る。もちろん、常連客だが、コーヒーだけではなく、お店を切り盛りするママの原田美枝子さんお目当てということも明らか。
そんな古書店主人をからかうのが、美枝子ママの息子で屁理屈の天才、満(みつる)君だ。コーヒーをおいしく淹れることに自信のある満はかつてコーヒー専門店を出店し起業を試みたが、見事失敗。その挫折から立ち直れないまま30過ぎなのにニート生活を続けているという設定。再就職を、との声にも弁舌巧みに対応し、誰もその論拠を崩せない。
そんな満を囲む日常を描いたのが2019年秋のテレビドラマ「俺の話は長い」で、満を演じた生田斗真さんの名演(といっていい)のおかげで、僕にはこの数年で最高の出来栄えだと思っている。
さて、その満が母親にまとわりつく古書店主をややうざったく感じ、「おいしいコーヒーなら他にもたくさんある。そっちへ行ったらどうだ」と口喧嘩をしかけてしまう。それに対して、店主はこう答える。
「俺はね、おいしいコーヒーを飲みたいんじゃないんだ。いつものコーヒーを飲みたいんだ!」。
この「いつものコーヒー」という言葉ほど、僕の胸に突き刺さったものは最近、他にない。あらゆる商売、結局は、そこを目指しているのだな、と。
「おいしいコーヒー」ではなく「いつものコーヒー」。
古書店主にしてみれば、それは原田美枝子さんほどの美魔女だから、顔を見ていたいという気持ちはあるだろうが、それよりも、いつもの店でいつもの席で、いつもの味のコーヒーを嗜むことこそが、いちばん大事にしたいことなのだろう。
自分を優しく、普段通りに受け入れてくれる居心地の良さは、どんなにいい豆を使い、どれほどいい淹れ方をし、趣味のいいカップに注がれた最高の味のコーヒーでも叶わない。おそらく、満にはそこが分かってない。
ホテルや旅館は、町の喫茶店ほど日常のものではないと思う。でも、そこに行けば「いつもの」ホテルや旅館にいられることの居心地の良さを感じてもらえること。それが個性であり、どんなに景気の波が上下しようと、ライバルのホテル旅館が騒ごうが、他を寄せ付けない強さだと思う。
エクセレントな、ある意味優等生のようなホテル旅館づくりを心掛けるよりも、誰かの「いつもの場所」になることの努力の方がどれだけ貴重なことなのか。
誰にもかえがけのなものは「いつも」であることを、再度、教えてくれたことで、このドラマには感謝している。
さて、その満が母親にまとわりつく古書店主をややうざったく感じ、「おいしいコーヒーなら他にもたくさんある。そっちへ行ったらどうだ」と口喧嘩をしかけてしまう。それに対して、店主はこう答える。
「俺はね、おいしいコーヒーを飲みたいんじゃないんだ。いつものコーヒーを飲みたいんだ!」。
この「いつものコーヒー」という言葉ほど、僕の胸に突き刺さったものは最近、他にない。あらゆる商売、結局は、そこを目指しているのだな、と。
「おいしいコーヒー」ではなく「いつものコーヒー」。
古書店主にしてみれば、それは原田美枝子さんほどの美魔女だから、顔を見ていたいという気持ちはあるだろうが、それよりも、いつもの店でいつもの席で、いつもの味のコーヒーを嗜むことこそが、いちばん大事にしたいことなのだろう。
自分を優しく、普段通りに受け入れてくれる居心地の良さは、どんなにいい豆を使い、どれほどいい淹れ方をし、趣味のいいカップに注がれた最高の味のコーヒーでも叶わない。おそらく、満にはそこが分かってない。
ホテルや旅館は、町の喫茶店ほど日常のものではないと思う。でも、そこに行けば「いつもの」ホテルや旅館にいられることの居心地の良さを感じてもらえること。それが個性であり、どんなに景気の波が上下しようと、ライバルのホテル旅館が騒ごうが、他を寄せ付けない強さだと思う。
エクセレントな、ある意味優等生のようなホテル旅館づくりを心掛けるよりも、誰かの「いつもの場所」になることの努力の方がどれだけ貴重なことなのか。
誰にもかえがけのなものは「いつも」であることを、再度、教えてくれたことで、このドラマには感謝している。
コラムニスト紹介
オフィス アト・ランダム 代表 松坂 健 氏
1949年東京・浅草生まれ。1971年、74年にそれぞれ慶應義塾大学の法学部・文学部を卒業。柴田書店入社、月刊食堂副編集長を経て、84年から93年まで月刊ホテル旅館編集長。01年~03年長崎国際大学、03年~15年西武文理大学教授。16年~19年3月まで跡見学園女子大学教授。著書に『ホスピタリティ進化論』など。ミステリ評論も継続中。