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「女将のこえ230」長谷川さき子さん 柳生の庄(静岡県・修善寺温泉)

2020年2月23日(日) 配信

柳生の庄 女将の長谷川さき子さん

修善寺で広がった世界

 東京・白金で名を馳せた料亭「柳生」が、自然豊かな修善寺の旅館「柳生の庄」に生まれ変わってから、今年でちょうど50年になる。この凛とした名は、剣道を嗜んだ創業者が、剣豪・柳生三厳(十兵衛)への憧れから名付けたそうだ。

 空に伸びる竹林が風にさらさら揺れている。その竹壁の奥に、柳生の庄は佇む。男性的だが、中に足を踏み入れると、こころよいもてなしの空間が広がっていた。

 訪ねた日は立春。玄関では、空間いっぱいに枝を広げた老梅に迎えられた。近隣の道路拡張工事で切られるさだめの命が、ここで見事に花開かせようとしていた。

 長谷川さん夫妻が、2代目として旅館を継いだのは、20年前である。夫で現社長の卓さんは商社勤務が長く、海外赴任として夫婦でタイに暮らしたこともある。さき子さんはゴルフにテニス、洋裁と、洋の文化のほうに親しく、旅館経営は2人とも無縁だった。

 それが、卓さんの叔母が創業者夫妻だったことから跡継ぎを頼まれ、話し合いの末に新しい道を選んだのだ。

 「思ってもみない話でしたが、それまで好きに暮らしてきましたから、これからは、少しは社会の役に立てたら、という気持ちがありました」。

 当面は、東京に移った叔母から「電話でリモートコントロールを受けました(笑)」。

 やがて、先代を尊重しつつ、自分たちの想いを反映させていく。後継時から現在まで大切にしている1つはトータルデザインだ。室礼がちぐはぐではいけない。毎月、専門家を招き、季節の表現を考え抜く。先の老梅はその象徴かもしれない。

 予想外の女将業に就いたさき子さんだが、「幸せな20年だったなと思います」と、迷いはない。忘れ得ぬ顧客もいる。滞在中の姿から、研ぎ澄まされた美意識を感じたという。「また、ありがたかったのは、東京から来た新参者だったのに、周りの女将さんたちが受け入れ、仲良くしてくれたことですね」。

 さき子さんからは、苦労話をほとんど聞かなかった。人が好きだという性格がそうさせるのだろうか。

 近年は、東と西に離れて住む家族が真ん中の静岡「柳生の庄」に集まってゆっくりと過ごす、そんな利用もあるという。小さな子供連れも歓迎だ。日本の若者に母国の文化を伝えていく場に、との思いを持つさき子さんだから、さまざまな利用をされることで日本文化を伝える機会も増えていくことだろう。「修善寺に来て世界が広がりました」。そう語る瞳は、前を向いていた。

(ジャーナリスト 瀬戸川 礼子)

▽住所:静岡県伊豆市修善寺1116-6▽電話0558-72-4126▽客室数:15室、1人利用可▽創業:1970(昭45)年▽料金:1泊2食付き44,150円~(税別)▽弱アルカリ性温泉▽4階にサロン(バー)がある。子供連れも歓迎。先代の時代から親交のあった日本画家・故堀文子氏の絵が館内さまざまなところに飾られている。

コラムニスト紹介
 

ジャーナリスト 瀬戸川 礼子 氏

ジャーナリスト・中小企業診断士。多様な業種の取材を通じ、「幸せのコツ」は同じと確信。働きがい、リーダーシップ、感動経営を軸に取材、講演、コンサルを行なう。著書『女将さんのこころ』、『いい会社のよきリーダーが大切にしている7つのこと」等。

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