「味のある街」「小判どら焼き」――清寿軒(東京都中央区)
2020年3月4日(水) 配信
東京メトロ人形町駅A5出口から、いくらか歩いたところに清寿軒はある。どら焼きは通常、やや膨らんだ円盤状のカステラ風生地2枚に、小豆餡を挟み込んだ膨化食品・和菓子のことを指し、蜂蜜を入れて焼き上げることでしっとりとしたカステラ生地にするのが定番。この店の「小判どら焼き」の風貌はちょっと違う。
まずは、清寿軒の歴史に触れておこう。江戸の栄華が終わりを告げようとしていた1861年(万延2年/文久元年)、日本橋堀江町(現小舟町)に創業する。界隈は武家地でありながらも町民が多く暮らし、季節ごとの市が立つなど、かなりのにぎわいであったと伝えられる。
清寿軒初代店主が開いた小さな和菓子店は、そうした江戸の町民に親しまれ、明治・大正・昭和になっても出産や端午の節句、七五三などのお祝いの席に重宝されたという。日本橋の人々の生活に密着しながら繁盛したというわけだ。近隣に多くあった料亭の手土産としても人気を博していたという。
現在は7代目店主の日向野政治さんが祖先から受け継いだ暖簾を守っている。「美味いものを作るために、創業時から厳選素材」と胸を張る店主自慢の逸品が「小判どら焼き」だ。小判形の皮を1枚だけ用い、あふれんばかりの餡をぐるっと包み込む格好だ。
生地の脇からは、むき出しになったあんこが見える。砂糖は、純度が高くあっさりとした味わいの白ザラメを使い、餡用の小豆は北海道十勝産を吟味。水あめが混ざった蜂蜜ではなく、100%純粋なものを使用している。さらに、「厳選された素材の良さを生かすためにも、調理に時間を惜しまず、決して手を抜かない」と日向野さんは言い切る。
好みは千差万別だが、甘さ控え目で伝統の味のする隠れた名店としてファンも多い。都内には、どら焼きの名店が幾つかあるが、食べ比べするとともに見た目の違いを楽しむというのも面白い。どら焼きの名は一般に、形が打楽器の銅鑼に似ることからついたという説が有力だが、今度は、銅鑼の音色とともにいただいてみようっと。
(トラベルキャスター)
コラムニスト紹介
津田 令子 氏
社団法人日本観光協会旅番組室長を経てフリーの旅行ジャーナリストに。全国約3000カ所を旅する経験から、旅の楽しさを伝えるトラベルキャスターとしてテレビ・ラジオなどに出演する。観光大使や市町村などのアドバイザー、カルチャースクールの講師も務める。NPO法人ふるさとオンリーワンのまち理事長。著書多数。