「津田令子のにっぽん風土記(59)」地域に根差した居心地のよい店に~ 豊島区・要町編 ~
2020年3月14日(土) 配信
生まれも育ちも豊島区要町という和田晋一さんは、3年前に急逝した父親の跡を継ぎ、要町通りから少し入った地で「栄寿司」を構えている。創業1949年なので70年を過ぎたところだ。
藍色の暖簾をくぐり、ジャズのBGMが流れる檜の一枚板が美しいカウンターで、3代目・和田晋一さんに話を伺った。先代は倒れる前日まで店に立ち、その日の夜にも予約が入っていたという。晋一さんへのバトンタッチが、いかに突然だったか伺い知ることができる。「永きにわたって親父の寿司を食べに通って下さった方々の顔を思い浮かべると、不安ではあるけれど店を閉じるという選択肢はなかったですね」。
半年の充電期間を経て、父親が遣り残した仕事や思いを明日につなげていこうと、再オープンしたのは半年後(晋一さん37歳)の17年10月2日。以来、先代からの常連客や同世代の若い方々が気軽に立ち寄れる地元に欠かせない店として、母親の淑枝さんと二人三脚で切り盛りをしてきた。昨年11月には結婚し新しい家族が加わったことで、今まで以上に強い責任感が生まれたという。
古きを守りながら幾つもの新しい試みが行われている。その1つが、人数限定で行う「日本酒の夕べ」だ。料理とともに店主がチョイスするおすすめの日本酒を存分に楽しみながら語らうという企画で好評を博している。店には常時20―30種類の日本酒が用意されているのだが、時間があれば各地の酒蔵を回り自分の目で見、試飲し買い入れを行うというこだわりよう。
「昔から日本酒が好きで先々週も妻と広島県西条市を訪ね、賀茂鶴の資料館に行ってきました」と晋一さん。「一押しの日本酒は?」との問いに、「寿司によく合い料理を邪魔しないすっきりとした味わいの福島の廣戸川ですかね」と応える。東京メトロ有楽町線の駅で配られている小冊子に「地元ひと筋! 和とモダンが融合した江戸前寿司」と紹介されたときには、自慢の一品・カツオのレアフライ和風タルタル添えを注文する若いカップルや、女性客が何組も訪ねてきたという。
毎朝、豊洲へ足を運び仲卸のアドバイスを受けながら目利き術を磨いている晋一さんを支えるお母様は「皆さんに、よくしてもらっているんですよ。鍛えられているというか、育てていただいているというか。とにかく健康第一でやってもらいたいですね」と話す。若くして老舗店を背負うことになった3代目を労う姿が印象に残る。
津田 令子 氏
社団法人日本観光協会旅番組室長を経てフリーの旅行ジャーナリストに。全国約3000カ所を旅する経験から、旅の楽しさを伝えるトラベルキャスターとしてテレビ・ラジオなどに出演する。観光大使や市町村などのアドバイザー、カルチャースクールの講師も務める。NPO法人ふるさとオンリーワンのまち理事長。著書多数。