「津田令子のにっぽん風土記(62)」セピア色の想い出に今を重ねる~街歩き編 ~
2020年6月15日(月) 配信
「最近の学生さんは、古本屋さんを待ち合わせに使っているらしいですよ。なんとなくインテリジェンスな感じでセンスいいと思いませんか」と、荻生寿美枝さんはおっしゃる。
確かに、多少の時間の遅れや早く着き過ぎた時でも、待つ人も待たせる人も、退屈せずにうれしい時間を過ごすことができるわけだからうなずける。本が嫌いな人は論外だけれど。
荻生さんの趣味は街歩きだ。とりわけ銀座、赤坂、青山が好きだという。そのほかにも「神田神保町界隈をよく訪ねる」と語る。その理由は、「セピア色に色褪せたたくさんの想い出がつまった古本とともに、いくつもの珈琲屋さんが軒を連ねているから」。
「今でも、さぼうる(1955年創業の人気の老舗喫茶店)には年に数回行っているわよ」と笑顔で話す。
店に一歩足を踏み入れると、とにかく暗い。BGMは、モーツァルトやショパンやジャズ。
「仄暗い中で、ペパーミントグリーンのソーダ水を飲みながら買ったばかりの文庫を開きページをめくっていたことを思い出す」という。
地下の壁にびっしりと記されている落書きの数々は通り過ぎていった学生の多さを想像させる。「神保町が、こんな風に変わったのかと実感できるし、当時と何も変わらないことがあることも分かる」と荻生さん。「単に『過去に訪ねたレトロな街』としてではなく、懐かしい気分に思いを馳せながらも、当時とは違う友人と歩き、『新しい魅力をみつけ出すことができる』」と、街歩きの極意を伝授下さる。これまでに、また「来よう」という思いを、いくつもの街に重ねてきたのだという。
東京・世田谷生まれの荻生さんは、お父様の仕事の関係で幼少期に蜃気楼で有名な富山県魚津市に住んだ以外はずっと世田谷暮らしだ。
「世田谷が好きなんです。緑も多く、綺麗な美術館があったり、おしゃれなパン屋さんもたくさんある。若い人も多いし、楽しいわよ」。
今は、三軒茶屋にお住まいというが、都内の住みたいランキング上位の街で暮らす幸せを満喫しきっている荻生さんの目標は、「細く長く続けてきた街歩き歴を、さらに延ばすこと」だという。
ノルマが何歩とか、早く歩いて身体を鍛えるとかではく、街歩きをライフワークとして捉える荻生さんの生き方は、どこか余裕を持ってイキイキしているように映る。
津田 令子 氏
社団法人日本観光協会旅番組室長を経てフリーの旅行ジャーナリストに。全国約3000カ所を旅する経験から、旅の楽しさを伝えるトラベルキャスターとしてテレビ・ラジオなどに出演する。観光大使や市町村などのアドバイザー、カルチャースクールの講師も務める。NPO法人ふるさとオンリーワンのまち理事長。著書多数。