「トラベルスクエア」肉筆の力
2020年6月23日(火) 配信
テレビをつければ、今日のコロナ感染者数とか、お客が戻ってこない飲食店主の冴えない姿ばかり見せられるので、いい加減テレビ視聴鬱になってしまいそうだ。だからあまり見ないようにしているのだが、1つだけ、気持ちが安らぐニュースがあった。
JR東神奈川駅で、昔あった伝言板が復活したというものだ。
携帯電話のない時代、駅での待ち合わせには、どきどきするものがあった。相方が遅刻しないか。別の場所に移動したいが、どう伝えればいいのか。
そこで「30分待った。今日は帰る」とか「駅前の喫茶○○で待つことにする」といった内容を、黒板にチョークで記す。昭和なつかしの風景だ。
それを再び改札口前に持ち出したのが東神奈川駅のスタッフ。駅員さんの中には伝言板そのものの存在を知らない人もいるみたいだが、発案者はみんなコロナの自粛でコミュニケーションに飢えているときに、たとえ片道通行でも、利用客に思いのたけを綴ってもらうのもいいのじゃないか、と考えたとのこと。
書いて6時間経ったら消すルールだが、足を止めて病院関係者への感謝の念を書いたりする人も多いという。テレビで取材されていた女の子は独り身で2カ月自粛に耐え、久しぶりに駅に来て、黒板に「駅員さんありがとう」と書いて、泣き出していた。孤独が彼女を追い詰めていたことか。
肉筆はいいなあ、と思う。乱雑な筆跡だって、そこには生身の人間がいたんだ、ということの証になる。
そろそろ観光地旅館営業再開のニュースが各地から届き始めていて、喜ばしい。しばらく鳴りを潜めていた経営者の皆さんも、顧客リストを洗い出して、ネットなりDMを使って、メッセージを出し始めていることだろう。
ここでアナログな提案だが、あなたの館にとって、とても大切なAランクの顧客には、肉筆で手紙を出そう!
ネットを使うな、とは言わない。これほど未曽有の休業という苦しみを訴えるなら、やはり、肉筆だ。東神奈川駅の伝言板と同じだ。
いやあ、2000通もあるよ、とても面倒でやれないよ、などと横着なことは言いなされるな。
館や風景を刷り込んだ旅館の絵ハガキで良い。宛名書きが上半分の下のスペースにごくごく短い言葉を書けばいいだけだ。従業員が20人いるなら1人100枚。な~に、1人が1日10枚程度集中して書けば、10日間で完了だ。こんな忙しさをみんなが共有するところから、再建は始まると思う。
コロナ以降は会議やコミュニケーションのIT化は革命的に進むが、宿のような人間臭いビジネスは、アナログ復活を合言葉に!
コラムニスト紹介
オフィス アト・ランダム 代表 松坂 健 氏
1949年東京・浅草生まれ。1971年、74年にそれぞれ慶應義塾大学の法学部・文学部を卒業。柴田書店入社、月刊食堂副編集長を経て、84年から93年まで月刊ホテル旅館編集長。01年~03年長崎国際大学、03年~15年西武文理大学教授。16年~19年3月まで跡見学園女子大学教授。著書に『ホスピタリティ進化論』など。ミステリ評論も継続中。