「観光人文学への遡航(1)」 なぜ観光人文学に至ったか
2020年7月23日(木) 配信
新型コロナウイルス蔓延前、誰もが観光のバラ色の未来を信じて疑っていなかった。
出国税で独自財源を得たことで予算が大幅増額になった観光庁をはじめとして他の省庁、そして自治体からの観光関連予算の大盤振る舞いで、お客様から得る旅行代金よりも、大きな補助金獲得に血眼になる観光事業者や自治体関係者が増えた。業者の選定も癒着や忖度で決まっていくモラルハザードが蔓延し、業界はことごとく政権のイエスマンと化した。
その結果、お客様が視界に入らなくなり、マーケティングの潮目が見えなくなっていった。勢いのあるインバウンドばかりに目が行き、主張しない国内需要が静かに退場していることに気がつかないでいた。気がついた人も、日本人の人口は今後減少の一途を辿るからといった後付けの理論で、その需要減退を正当化した。
観光業界に、そんな哲学もない、倫理観もない、歴史も踏まえない、思いやりもない、ただ目の前の経済効果だけに目がくらんだ状態に容赦無く鉄槌を下したのが、今年初めから世界を襲った新型コロナウイルスである。
観光業界の景色はコロナウイルス蔓延前と後では一変した。インバウンドは対前年比99・9%減、緊急事態宣言が発出され不要不急の外出を禁じられ、宣言が解除された後も、県を跨ぐ移動は自粛が求められた。廃業に追い込まれた事業者も少なくない。
コロナ後の世界は、もう元には戻らないだろう。最大の相違は、価値観の対立である。これからは剥き出しの欲望がぶつかり合う世の中になる。それを今までの事なかれ的なアプローチで観光振興していくと、問題を単に先送りして、目先の経済効果だけを今の構成員で享受する刹那的な結果を招いてしまう。
さらに、観光が外交の武器になりうるということが明らかになってきた。国家の主張を聞き入れられなければ、自国の観光客の渡航を止めることで、相手国の経済活動を停滞させ、言うことを聞かせる手法がもう一部の国ですでに実践されてきている。観光による国家攻撃は、受入側の市民の中での分断を生む。観光産業が、よかれと思って争わない姿勢で対応していくことで、観光に関係しない世論を敵に回してしまうこともありうる。相手が観光を外交戦略的に利用していることに対して、我が国はまだ無防備である。
今後、私たちは価値観を共有しない者との関係性をどのように構築すればいいのか。人間関係の指南書では、そういう人とは付き合わないようにしましょうとか、静かに退出しましょうとか書かれてあるが、観光はお客様を断ることはできない。
私はその解は人文学にあるのではないかと直感した。時間がかかるその解の考究をこのコラムで人類の歴史を遡りつつ解き明かしてみようと思う。
コラムニスト紹介
神奈川大学国際日本学部・教授 島川 崇 氏
1970年愛媛県松山市生まれ。国際基督教大学卒。日本航空株式会社、財団法人松下政経塾、ロンドンメトロポリタン大学院MBA(Tourism & Hospitality)修了。韓国観光公社ソウル本社日本部客員研究員、株式会社日本総合研究所、東北福祉大学総合マネジメント学部、東洋大学国際観光学部国際観光学科長・教授を経て、神奈川大学国際日本学部教授。日本国際観光学会会長。教員の傍ら、PHP総合研究所リサーチフェロー、藤沢市観光アドバイザー等を歴任。東京工業大学大学院情報理工学研究科博士後期課程満期退学。