「もてなし上手」~ホスピタリティによる創客~(116)便利さ以上に「人」が大切 時間に思いやりを託す
2020年9月4日(金) 配信
その日は寒くて、雨が激しく降っていました。目的地に到着して、料金を支払い、おつりと領収書を受け取り、横に置いたカバンに手を伸ばしたとき、タクシー運転手から「ドアを開けますね」と声を掛けられました。
通常だと、支払いを終えおつりや領収書を片付けている最中にドアが開き、冷たい風や雨が吹き込んできて、「もたもたしていてはいけない。急がなくては」という気持ちになっていました。
しかし、その日はゆっくりと降りる準備ができたのです。すごい運転手に出逢えたかもしれないと思い、わくわくする気持ちで、「いつもこうしているのですか」と質問をしてみました。すると「できる限り、お客様の準備が整うのを待ってからドアを開けるようにしています」。「それは、会社からの指示ですか」とさらに聞くと、素晴らしい答えが返ってきました。
「いいえ。私もタクシーに乗る機会がありますが、いつも支払いを終えた後にドアが開くと焦ってしまいます。そのときに、荷物をひっくり返したり、忘れ物をしたりするのです。だから私は、ご乗車いただいたお客様に、ゆっくりでいいですよと言うようにしたのです。ただ、それでも皆さん急がれてしまうので、ドアを開けるタイミングを変えてみたのです」と答えてくれました。
ご自身の体験から、明確な意思と目的を持って取り組まれたことに感動しました。街中で流しのタクシーがなかなか見つからず、苦労した経験が何度もあります。今では携帯電話にタクシーの配車アプリをいくつか入れています。使ってみると非常に便利です。
しかし、先日「タクシーの運転をやめませんか」と思わず言ってしまうくらい、不快に感じる運転手に当たってしまいました。返事はしないし、雨の降る中、傘を差せないくらいにたくさんの荷物を持った私を、6車線ある広い道の反対側で降ろそうとする。おまけにトランクを開けただけで、その荷物を降ろす手伝いもしないという最悪の経験でした。便利なアプリでも、こうした運転手に一度でも当たってしまうと、再利用する時には躊躇してしまうのは私だけではないでしょう。
皆さんのホテル、旅館などの施設でも、お客様からタクシー手配を求められることがあると思います。目的地まで運ぶだけのタクシーであれば良いのか。そのタクシーの中で嫌な想いをさせてしまったら、せっかく一生懸命におもてなしを実行して、喜んでいただいた楽しい時間の記憶さえもなくなってしまうのです。スピーディーな対応は大切ですが、お待ちいただく時間は、お客様と会話できる宝物と捉えて、より安心できるドライバーに託す想いを持ちましょう。
コラムニスト紹介
西川丈次(にしかわ・じょうじ)=8年間の旅行会社での勤務後、船井総合研究所に入社。観光ビジネスチームのリーダー・チーフ観光コンサルタントとして活躍。ホスピタリティをテーマとした講演、執筆、ブログ、メルマガは好評で多くのファンを持つ。20年間の観光コンサルタント業で養われた専門性と異業種の成功事例を融合させ、観光業界の新しい在り方とネットワークづくりを追求し、株式会社観光ビジネスコンサルタンツを起業。同社、代表取締役社長。