津田令子の「味のある街」「ひと本 栗饅頭」――石田屋(東京都板橋区)
2020年10月3日(土) 配信
東武東上線「上板橋駅」南口から、上板橋南口商店街を南へ2分ほど行った右手に、老舗の「石田屋」はある。和菓子も洋菓子もおいてあるのが特徴だ。朝8時を過ぎると、細長い行列ができることも多い、人気の店である。
「手みやげ」というのは、人様にお会いするときに、ちょっとしたプレゼントをするという世界共通の習慣で、人間関係を円滑にするためにとっても便利なツールのひとつではないだろうか。人々が、それぞれ趣向を凝らしてセレクトする光景が好きな私は、「この人は、どれを選ぶだろうか、誰に贈るのだろうか」と想像をめぐらせ店内で観察したりしながら、手みやげ選びの参考にしたりもする。
ということを考えながら、今日も列の後ろについた。あと5人ほどで店の中に入れそうだ。今回は、和菓子好きの友人宅に招かれたので、あまり相手に負担にならないようなおすすめの逸品を買い求めに来たわけだ。ゲットするものは、すでに「ひと本 栗饅頭」6個入りと決めている。その品は、一粒栗を、ザラメ糖を使って練った白餡と柔らかな生地で包んで焼き上げ、羊羹をかけたもので、店の一番人気商品なのだ。
石田屋のロゴの入った包装紙を取り除き、化粧箱が現れたときのよろこびを味わったあと、ふたを開ける。一つひとつ丁寧に包装された例のものが行儀よく並んでいる。薄紙を剝ぐように本体を取り出す。そこまではできるだけ優しく、かつスピーディに行う。一連の儀式を終え、栗饅頭を食べる準備が完了する。さっと手に取り一気にそのまま口へ押し込む。
石田屋の創業は1950(昭和25)年。「できるだけ多くのお客様に満足いただけるよう、良い素材を選び、シンプルながらも丁寧なお菓子作りを」というのがモットーだ。工場直売の利点を生かし、保存料や添加物に頼らずに、材料が本来持っている味を提供できるよう心掛けてきたという。友人からの、「いつものを、お願いね」という実に厚かましいお願いが妙にうれしい。私のお菓子選びにぬかりはないと実感できる瞬間だから。
(トラベルキャスター)
津田 令子 氏
社団法人日本観光協会旅番組室長を経てフリーの旅行ジャーナリストに。全国約3000カ所を旅する経験から、旅の楽しさを伝えるトラベルキャスターとしてテレビ・ラジオなどに出演する。観光大使や市町村などのアドバイザー、カルチャースクールの講師も務める。NPO法人ふるさとオンリーワンのまち理事長。著書多数。