【寄稿】玉川大学教育学部教授 寺本潔氏、学校で観光が学べる 持続可能な社会の担い手として
2020年10月22日(木) 配信
10月2日(金)、観光庁で「第1回初等中等教育における観光教育の推進に関する協議会」が町田倫代参事官のもとで開かれた。筆者を含め小中高校の教諭や大学教授、NPO団体、観光協会などから14人の委員が参集した。この種の国の協議会は筆者の知るところ初めてである。
目的文には、「観光教育の意義の共通認識の形成、各教育段階における観光教育の目的と方向性に相互共有、普及に向けた効果的な取り組み方策の検討」が組み込まれた。
新型コロナウイルス拡大により、観光業や関連産業は大きな痛手を受け、Go Toトラベルなど回復への模索が続いているが、これからの観光を下支えする人材を広い視野から育てていく必要性が論議された。
観光人材育成は、これまで著しく業界ニーズに応えるため実務者育成に偏り、専門学校や観光系学部、高校商業科などでブライダルやホテルマナー、会計学、マーケティングなど即戦力となる能力人材に限定され過ぎた感が強かった。
今回の協議会が目指す人材はそうでない。ホスピタリティ系だけでなく、企画系人材によるイノベーションが起こせる教養ある人材がこの業界に求められているからだ。そのためにも小学校段階から普通教育の中で観光を扱い、観光業そのものの社会的評価を高める狙いもある。期待できるうれしい動きである。
観光教育は金融教育や消費者教育、交通安全教育、エネルギー教育など、いわゆる個別の○○教育のような特定の業界に特化した教育ではない。観光の学びは、多様な産業発展に寄与する視点だけでなく、まちづくりやふるさと教育、国際理解、SDGs意識の醸成にも波及するなど、国民教育の要素も備わっている。
テレビニュースで、ある水産業者の悲鳴が報じられた。2年もかけて養殖した高級真鯛が新型コロナウイルスの影響で料亭やホテルで食されなくなり、販売価格の下落を余儀なくされているという。苦肉の策として自治体が買い取り、地元の小学生の給食に提供したとのニュースであった。
給食で食べた子供が「こんな美味しい鯛を食べたのは初めて!」と笑顔で答えていたのが皮肉だった。なぜなら、本来地元の子供たちこそ、地元の魅力的な産物である真鯛の味を知ったうえで自信を持って他者にPRできなくてはならないからだ。その意味で観光教育は日本の魅力を自覚させると共に、地元目線で構築されなくてはならない。
目を海外に転じてみれば、英仏では地理で小学校段階から積極的に観光題材が教えられ、中国の小学校では「品徳と生活」や中学校では「観光地理」、韓国の高校では「旅行地理」という科目が誕生し、しっかりと観光が学べるようだ。また、カリブ海諸国やハワイ州では系統的な観光教育を、観光界と学校が連携し推進している。
翻って日本では各教科書において観光業に関する記述は皆無に近い。せいぜい英語で観光案内のフレーズを練習させたり、SDGs(国連持続可能な開発目標)に関心のあるごく一部の中学・高校で修学旅行の準備学習として観光題材が扱われたりする程度にとどまっている。ただし、2022年度から商業系の高校で新科目「観光ビジネス」が誕生する。高校生の比重から言えば、僅かではあるが期待したい。
今後、日本が観光先進国として外国から高い評価をいただき、インバウンドはもとより、国内旅行のさらなる振興と地方と行き来する関係人口の増加を心から願いたい。そのためにも、小中高の各段階で観光教育が子供たちに教えられ、持続可能な社会の担い手を育成することが肝要だ。
喜ばしいことに、筆者の進言に応えてくれた自治体が登場した。それは北海道である。今年4月に北海道教育委員会義務教育課より道内の小中学校に向けて「観光教育ガイドブック」(筆者監修)という指導資料が公教育では初めて作成・配布された。さらに道内十数校が観光教育の指定校となり動き出している。
北海道の子供たちが北海道の魅力と価値に気づく確かな学びが始まるわけである。未だ緒についたばかりだが、観光教育の始動により人材の芽が育まれ観光が地方創生や日本の成長戦略の柱を支える役割を担えれば望外の喜びである。