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「観光人文学への遡航(6)」 観光は平和へのパスポートとカントの平和観

2020年12月12日
編集部

2020年12月12日(土) 配信

 

 「観光は平和へのパスポート」。この業界にいるとよく耳にするフレーズだ。これは、1966年に国連総会において採択されたスローガンである。この言葉を引用する人は、続けて「平和でなければ観光は実現できない」と説明するが、それでは平和という状態が保証されて初めて観光が成立するという、単なる状況の説明にしかなっていない。観光は平和構築に積極的に寄与しているわけではない。それでは観光は平和への「パスポート」にはなっていない。

 
 大学時代、「平和研究」という講義を受講した。教授の最後のメッセージが強烈に頭に残って離れない。「君たちは単なるPeace loverで終わってはいけない。積極的に行動するPeace makerにならなければいけない」と生意気なバブル時代の学生だった私たちに教授は檄を飛ばした。

 
 「平和じゃなきゃ観光は成り立たない」という今の観光は、単なるPeace loverだ。観光が真のPeace makerになれてこそ、観光が真の意味で平和へのパスポートになるときだと信じている。

 
 コロナ前からくすぶっていた価値観の対立は、コロナのおかげでさらに深刻化した。これからはさらに剥き出しの欲望がぶつかり合う世の中になるだろう。それを今までのPeace lover的なアプローチで観光振興していくと、事なかれ主義になり、問題を単に先送りして、目先の経済効果だけを今の構成員で享受する刹那的な結果を招く。

 
 そして、最悪なことに、観光が外交の武器になりうるということが明らかになってきた。国家の主張を聞き入れられなければ、自国の観光客の渡航を止めることで、相手国の経済活動を停滞させ、言うことを聞かせる手法が一部の国で既に実践されてきている。

 
 観光による国家攻撃は、受入側の市民の中での分断が生まれる。観光産業が、よかれと思って争わない姿勢で対応していくことで、観光に関係しない世論を敵に回してしまうこともありうる。相手が観光を外交戦略的に利用していることに対して、我が国はまだ無防備である。

 
 価値観を共有しない者との関係性はどうすればよいのか。私はその解がカントにあると判断した。これから彼の「永久平和について」を読み解く。本書を読めば、Peace loverの無力さと、Peace makerの価値が理解できるだろう。ここまで5回にわたっての連載によってカントの哲学を知ることで、GoToキャンペーンの欺瞞がどこにあるかも明らかにすることができた。

 
 さらに分断が進みつつあるこの世の中に対して、観光はその分断の当事者になってしまっていることの認識がこの業界にはない。観光に携わる者として、分断をつなぐ役割を担っていくためにはどのような考え方で臨めばよいのか、哲学にその解を求めていきたい。

 

コラムニスト紹介 

島川 崇 氏

神奈川大学国際日本学部・教授 島川 崇 氏

1970年愛媛県松山市生まれ。国際基督教大学卒。日本航空株式会社、財団法人松下政経塾、ロンドンメトロポリタン大学院MBA(Tourism & Hospitality)修了。韓国観光公社ソウル本社日本部客員研究員、株式会社日本総合研究所、東北福祉大学総合マネジメント学部、東洋大学国際観光学部国際観光学科長・教授を経て、神奈川大学国際日本学部教授。日本国際観光学会会長。教員の傍ら、PHP総合研究所リサーチフェロー、藤沢市観光アドバイザー等を歴任。東京工業大学大学院情報理工学研究科博士後期課程満期退学。

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