人口減少で地域が荒廃 ― 旅館は「地域の文化的サロン」に
東日本大震災から3年余り経て三陸鉄道が全線開通した4月5、6日に合わせて東京から二戸に新幹線で向かい、二戸から久慈までバスで行った。二戸駅は4月だというのに雪がちらちらと舞っていた。久慈までの道程は、ほとんど人影はなく、山道は少し荒廃していた。
6日午前5時15分発の久慈駅発、宮古駅行きの始発列車に乗り、電車の車窓から北リアス線の海を眺めた。海の色が綺麗だった。大漁旗を振る地元の人たちや、ホームに集まって全線開通を祝う地域の人たちの笑顔を映して列車は通過して行った。
全線開通記念式典までの時間、私は東洋大学准教授の島川崇さんと田老駅に降り、復興がなかなか進まない風景に佇んだ。駅に降りても立ち寄る場所も、人もいない。ただ、街を取り囲む万里の長城のような高さ10メートルの防潮堤の上に立ち尽くし、田老観光ホテルまで歩いて、言葉少なに駅まで戻った。
今も全国から被災地観光として訪れる人がいるが、街そのものがなければ、数十分間そこに立ち止まり、そして去っていくだけだ。まちの復興には鉄道の復旧は欠かせない。しかし、観光客を迎え入れるには、そこに地域住民の生活や暮らしの匂いがなければ成り立たない。
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4月9日付の読売新聞1面の「東京はブラックホール」という記事は衝撃的だった。「東京」というブラックホールが地方の若者などを吸い取って地方を滅ぼし、自らも狭い住宅事情や薄い人間関係などで、結婚や出産を妨げ、衰退していく。2040年以降、全国の500以上の自治体が「消滅」する可能性があるという。国土交通省は50年には国土の6割が「無人」となると推計しており、過疎地域の荒廃がさらに進むことになる。読売新聞の記事では、島根県益田市が4月1日に「人口拡大課」を新設した山本浩章市長の危機感と「必ず人口を増やす」という決意を紹介している。
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大分県・由布院温泉「玉の湯」社長の桑野和泉氏は「観光をしっかりと取り組んでいれば地域の人口は減らない」と語る。由布院市も人口約3万5千人の小さなまちである。しかし、全国から「由布院に行きたい」と思わせる強い引力を持っている。中谷健太郎氏や溝口薫平氏など若き個性的なリーダーがまちの破壊を命懸けで守り、新たな価値観を創造していった。現在は、桑野氏が観光協会の会長として由布院温泉のまちづくりの良き伝統を継承し、さらに若い世代へと引き継ごうとしている。やはり魅力ある人が地域にいなければ、人を惹き付けるまちづくりはできない。
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都会で生活する若者や、リタイア層を地方に移住させる取り組み自体はいいことだと思う。しかし、移住する建物が安っぽいおざなりな造りであったりする。自然は豊かでも周りに文化的なものがなければ誰も移住しない。2、3日の旅行と違い、移住は生活である。地域の人口を本気で増やそうと考えるのならば、小手先の割安感を打ち出した政策などでは通用しない。
地域には文化的な背景が必要であり、その意味で、全国から人を引き寄せる力を持つ旅館は「地域の文化的サロン」としての役割を担う存在でもある。有名作家を招いての講演会や、一流音楽家による演奏会、世界的なシェフによるお食事会などを定期的に開くことも大切だ。文化的な薫りを地域に振り撒いてほしい。
(編集長・増田 剛)