「観光人文学への遡航(8)」 カント「永遠平和のために」②訪問権の意味
2021年2月21日(日) 配信
カントは、国内法、国際法の上位に「世界市民権」を位置付け、その世界市民権は訪問権、すなわち、「外国人が他国に足を踏み入れても、それだけの理由でその国の人間から敵意をもって扱われることはないという権利」のみに限定した。
この意味とは、国家の枠組みを越えて交流する人々の安全を守るためには、国内法、国際法を越えた普遍的な理念が必要であるということである。世界市民権という考え方がなければ、他国の人々と友好的な関係は構築できないとし、永遠平和の構築のためには、国際法よりもさらに上位の概念として、世界市民権を共通認識として持つことの必要性を、カントは強く主張した。そして、その世界市民権の中身とは、訪問権、たったこれだけなのである。
ここで、カントは訪問権を客人の権利と明確に区別した。客人の権利とは、そこに当然の如く居続ける、言い換えれば移民である。移民となるならば、受入側の政府は言語の習得の援助をし、就業の機会を提供し、もし彼らが失業したときは、生活保護などの社会保障を与えなければならない。カントは無条件な移民受け入れに関しては、世界市民権の範疇外とみなしている。
なぜならば、やってきた外国人を敵として扱うということは、最初から受入側が客人を敵として扱う場合よりも、客人側が受入側を敵とみなしつつ入国することの可能性が高いからである。なるほど、確かに訪問する側が丸腰でただ交流を求めているだけならば、そこまで憎悪が広がることはないが、なぜ憎悪が広がるかというと、極めて不正な態度を取る客人がやってきて、そこに当然の如く居続けるからなのである。
カントが活躍した時代は、まさにヨーロッパ諸国による侵略と植民地支配の真っ只中であった。直接武力で制圧して支配したり、現地住民同士を分断させ、反目させることで、自分たちの支配権を獲得したりした。カントは、小国が大国に飲み込まれることを強烈に批判しているが、大国の横暴な態度に対して強く警鐘を鳴らしている。
カントは著作において、日本が鎖国政策を採り、ヨーロッパ民族のうちオランダ人だけに来航を許し、しかも彼らを自国民との交際から締め出したという措置を賢明であると評価している。訪問時における友好とは、受け入れにのみ求めるのではなく、訪問者の態度としても求められるものなのである。
ところで、この友好という言葉、気になって多くのカントに関する翻訳本、論文、著作などを調べてみると、訳者によって、普遍的友好、好遇、歓待とさまざまであったが、気になって原文を見てみると、Hospitalitatすなわちホスピタリティである。カントが考えるホスピタリティを来月は検証する。
コラムニスト紹介
神奈川大学国際日本学部・教授 島川 崇 氏
1970年愛媛県松山市生まれ。国際基督教大学卒。日本航空株式会社、財団法人松下政経塾、ロンドンメトロポリタン大学院MBA(Tourism & Hospitality)修了。韓国観光公社ソウル本社日本部客員研究員、株式会社日本総合研究所、東北福祉大学総合マネジメント学部、東洋大学国際観光学部国際観光学科長・教授を経て、神奈川大学国際日本学部教授。日本国際観光学会会長。教員の傍ら、PHP総合研究所リサーチフェロー、藤沢市観光アドバイザー等を歴任。東京工業大学大学院情報理工学研究科博士後期課程満期退学。