「提言!これからの日本観光」 世界遺産に想う
2020年3月12日(金) 配信
先日、自治体と観光団体共催の観光シンポジウム出席のため、大阪府堺市を訪れた。堺市は市内の「百舌鳥古墳群が世界遺産に認定された都市である。同古墳群を中心とした観光まちづくりの研究会当日は、非常事態宣言の発出直前で、観光客はまばらだった。
このシンポジウムの主要行事として、パネルディスカッションがあり、学識経験者などが討議した。そのなかで、「百舌鳥古墳群を代表する大仙古墳(仁徳天皇陵)はエジプトのクフ王などのピラミッドや秦始皇帝の墓などに並ぶ世界最大級の墳墓である。
しかし、エジプトと秦とは異なり世界史とのつながりが弱いため、世界各国から大勢の人が訪れるという状態ではなく、日本人の来訪が若干増えた程度であることは残念だ」との意見が注目された。
大仙古墳の場合は天皇陵であるため、学術的時代考証、発掘調査などが充分行えず、歴史上未解明な点がとても多い。海外の文献でも巨大墳墓という記述はあるが、時代背景などの情報は少ない。しかも、ほかの2墳墓の被葬者は在世期在任期間や業績などが明示されている。具体的にはクフ王が西暦元年ごろ在世したことや、始皇帝は紀元前210年の没など。
しかし、大仙古墳(仁徳天皇陵)は被葬者も学者間で異論が残る。履仲陵と逆などの説が依然あり、世界遺産指定陵でも仁徳天皇陵はカッコ書きとし、「大仙古墳」という通称を使うことが多い。
このほか、この大古墳の造営時期については、おおよそ5~6世紀ごろというのみで、正確な年次などは不明のままである。被葬者の仁徳天皇は歴代天皇のなかでも、よく知られた天皇で、即位後住民の暮らしを向上させるため、減税を行い、民生を安定向上させたことは、「民のかまどは賑わいにけり」との天皇の言葉と共に広く伝わっているほどである。
正確な史実は大和朝廷時代という日本の皇室が歴史に登場した初期の天皇の1人というのみ。治世の多くは、伝説とされている。仁徳天皇陵は史実の不明確な神話時代と、史実がより明確になる時代のちょうど節目に、長期間在世(130歳の長寿との説が残る)された天皇だったと伝えられている。
世界遺産に登録された以上、所在国は遺産の極力正確な歴史情報を発出しなければならない。御陵という制約上、限度は理解できるが、世界遺産に登録された現在、より突っ込んだ学術調査で時代解明を行うべきで、とくに歴史上の位置付けが求められる。
そのための学術上の発掘調査はある程度許されるべきでないかとも思う。大仙古墳の被葬者への疑念が消え、一部が神話とされる仁徳天皇のご業績もさらに偉大だったと確認できると考える。いわば大仙古墳に潜る国の「光」をより高め輝かせることができるだろう。
その時こそ、大仙古墳の「光」を訪れる場合歴史観光資源としてもより、目立つ存在となり、全世界から多くの人々が訪れる真の世界遺産となるのではなかろうか。
日本商工会議所 観光専門委員会 委員
同感です。是まで長い期間、保存して来た宮内庁、関連自治体関係者や在住の皆さんの御努力は否定しません。が、世界遺産の維持には客観的、科学的な事実の解明が世界的にも必要な時期だと感じます。記事にも記載在りますクフ王ピラミッドの最新解析、ツタンカーメン王の医学的な分析等、エジプトでは進行して居り、日本もサポートしています。天皇の系譜を暴き立てを推奨する訳では全く無く、地道な考古学的分析の門戸を開いて欲しいと願います。(世界遺産好きのTT)