「観光人文学への遡航(10)」 カントに影響を与えたルソーの「エミール」
2021年4月17日(土) 配信
カントは大変時間に正確な人だったらしく、毎日決まった時間に近所を散歩したのだが、それがあまりにも正確だったため、近所の人は散歩するカントの姿を見て、自宅の時計の時刻を修正していたそうだ。
しかし、そんなカントも、ルソーの「エミール」を読んだとき、その魅力に引き込まれて読書に没頭してしまい、決まった時間に散歩をするのを忘れてしまったらしい。カントは「エミール」を読んで、「ルソーは私の誤りを訂正してくれた」と表現している。カントの人間理解に大いに影響を与えたのが、ルソー「エミール」その書なのである。
大学時代の私は、教育行政学を専門としていた。教育学では、ほぼ間違いなく「教育原理」を履修することになるが、そこで必ず取り上げられるのが、ルソー「エミール」である。教育学の古典中の古典である。すなわち、世の中の小中高の教員は、ほぼ間違いなく「エミール」の存在自体は知っている(原文を読んだことがあるかどうかは別である)。
そして、その「エミール」の説明として、「自然に帰れ」という言葉が必ずついてくる。原文を読んだことがないほとんどの履修者は、まず間違いなく、「エミール」で書かれてあることは、教育は強制ではなく子供の自由に任せることが大事なんだと認識する。
かくいう私もそうだった。別に教員になりたいわけではなく、なんとなく教育行政学を専門にしていた私は、期末試験を乗り越えるために原文を読まずに「ルソー」「エミール」「自然に帰れ」「自由教育」これらのキーワードをセットにして覚え、テストを乗り切り、テストが終わると記憶の彼方に追いやっていた。
しかし、カントの哲学に出合い、カントに大いに影響を与えた書物が「エミール」だったことを知り、30年ぶりに旧友に再会したような気分であった。
そこでカントが「エミール」のどのような点に魅了されたのか探るために、ここで初めて原文を読んでみたら、今まで認識していた印象とはまったく違う世界が展開されていたことに驚いた。
この連載は、昨年7月、コロナ禍の中で始まり、多くの人が旅を制限された生活を経験することで、これからの旅行業ないし観光関連産業が世に必要な存在であり続けるために、移動の自由と公共の福祉の関係についてから考究してきた。
さらに、自由の本質をカントの哲学を通して理解を深めてきたが、このカントの自由観の根源にあるのが、ルソーの「エミール」である。このことからも、「エミール」が単に自由を放任と捉えていないことは想像がつくだろう。
来月以降、ルソーの「エミール」を通して、さらに自由の本質を追求していく。なぜルソーは「自然に帰れ」と言ったのか、その言葉に込められた想いとは如何なるものか、読み解いていきたい。
コラムニスト紹介
神奈川大学国際日本学部・教授 島川 崇 氏
1970年愛媛県松山市生まれ。国際基督教大学卒。日本航空株式会社、財団法人松下政経塾、ロンドンメトロポリタン大学院MBA(Tourism & Hospitality)修了。韓国観光公社ソウル本社日本部客員研究員、株式会社日本総合研究所、東北福祉大学総合マネジメント学部、東洋大学国際観光学部国際観光学科長・教授を経て、神奈川大学国際日本学部教授。日本国際観光学会会長。教員の傍ら、PHP総合研究所リサーチフェロー、藤沢市観光アドバイザー等を歴任。東京工業大学大学院情報理工学研究科博士後期課程満期退学。