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「観光人文学への遡航(13)」 日光三猿とルソーの共通点

2021年7月25日(日) 配信


 日光に行った。

 
 東照宮に到着すると、表門近くにある有名な三猿「見ざる、言わざる、聞かざる」の前に人だかりができていた。猿が思いのほかユーモラスな表情をしていて、「かわいーい!」という黄色い声を多く耳にした。

 
 三猿を見るために多くの人が押し合いへし合いをしていたが、実はこの三猿は全部で8枚の彫刻の中の1枚であり、これは猿の一生が一連のストーリーとなっていて、この三猿は2番目に登場する。

 
 1枚目は子猿を抱いた母猿が希望を持った表情で遠くを見つめ、その横で小猿が安心して身を任せているようすが描かれている。

 
 次に位置づけられているのが、三猿である。これは幼年期の教えであり、物心がついてきたこの時期は、悪いものに触れさせず、良いものだけを受け入れ、素直な心のまま成長せよという教えが込められている。すなわち、三猿の教えは、大人への警告ではなく、幼年期の教育の方針なのである。「見ざる、言わざる、聞かざる」というフレーズは、リスクを取らない事なかれ主義を体現しているように思われているが、そうではなく、素直な心を持つ成人になるための幼少期の教育の重要性を説いているのである。

 
 その後、3枚目以降、猿は成長していく。孤独な境遇の中、独り立ちしようと悩みつつも、青雲の志を抱き歩み始める。しかし、挫折を経験し、落ち込む猿とその猿を慰める猿、そして、崖っぷちを飛び越えようとする猿、慰め慰められながら、協力して困難を乗り越える姿が描かれている。その後、恋が芽生え、一生の伴侶に出会い、夫婦協力して荒波を乗り越えて、最後の彫刻では妊娠をしている猿が描かれている。豊かな人生のあり方を猿たちの姿から学ぶことができる。

 
 三猿の教えは、今まさに読み直しているルソーと完全に一致する。ルソーは少年時代のエミールを自然の中で生活させたのは、都会の不自然な刺激から遠ざけるためであった。それは、まず自分の中で、人間として本源的な快、不快の感情を理解し、自我が芽生えたときには、競争心よりも、お世話をしてくれる人からの混じりっけのないピュアな愛情を知ることで、他者のために尽くす人間へと成長できることにその真髄がある。まさに、ルソーを知ることで、三猿の教えの深さも理解することができる。

 
 日光を団体旅行で訪れると、必ずガイドがこの三猿のある神厩舎前で、三猿だけでなく8つの彫刻すべての紹介をしていたはずだ。

 
 しかし、個人旅行全盛の現代では、結局観光客は有名な三猿だけしか見ていない。これでは観光地の魅力が一面的にしか理解してもらえない。団体旅行を古くさいものと斬り捨てるのではなく、ガイドの価値をいかに伝えるかも、今の観光学に求められている課題である。

 

コラムニスト紹介 

島川 崇 氏

神奈川大学国際日本学部・教授 島川 崇 氏

1970年愛媛県松山市生まれ。国際基督教大学卒。日本航空株式会社、財団法人松下政経塾、ロンドンメトロポリタン大学院MBA(Tourism & Hospitality)修了。韓国観光公社ソウル本社日本部客員研究員、株式会社日本総合研究所、東北福祉大学総合マネジメント学部、東洋大学国際観光学部国際観光学科長・教授を経て、神奈川大学国際日本学部教授。日本国際観光学会会長。教員の傍ら、PHP総合研究所リサーチフェロー、藤沢市観光アドバイザー等を歴任。東京工業大学大学院情報理工学研究科博士後期課程満期退学。

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