「街のデッサン(246)」生きる上での文化行為が観光の本質、危機の時代に直面するツーリズムは
2021年10月10日(日) 配信
社会エントロピーが増大している。コロナ感染の状勢は終息するのか。異常気象の世界的な脅威。そして世界経済の行方。接種を2回終えても、新型のコロナ株が出現し人間の直接接触を抑える対処方法しか無いとなると、群れる人間の本性が摩耗して社会そのものの構造が崩壊していく。そんな危機の時代を迎えた地球の未来が見えない。
一番大きな問題は、「人新世」という人類の存在そのものが地球環境に影響を及ぼす時代に突入していることだ。これまでの地球は無機物の塊とされ、「地球は一個の生命体」というガイア仮説がラブロックらによって唱えられ始めると、その地球生命系のエコシステムで支えられてきた人間が、逆に地球自体の生命力を阻害して、元に戻ることのできない不可逆な環境破壊の主だった存在であることが自明になってきた。
そんな時代に、「観光産業」はどんな新しいパラダイムを築いたらよいのだろうか。地球環境の破壊の手助けを、はたして観光事業がしていないだろうか。かつての観光大衆化時代やインバウンドに諸手を挙げ、爆買い現象を再来させるだけでよいのであろうか。
私は、日本に「産業観光」という新しい分野を拓いたJR東海の会長を務めた須田寬先生の言葉を思い出す。須田さんは「愛・地球博」が開かれた2005年当時、鉄道事業の振興をイメージして、博覧会が開催される名古屋の相対的に少ない観光資源を危惧し、従来の自然景観や歴史資源を補強させる「産業そのものを観光に対象化」させる発想を生み出した。商工会議所など経済団体のつながりを活用し、トヨタを始めとした名古屋に本社を持つ世界的な企業のトップに諮って、人間の生み出した産業資源が観光の重要な資本になることを、説いて回った。しかし、当時の経営者の多くが「産業が観光の対象」という言説を軽くあしらい、「観光とは単なる楽しみであり、そんな遊びに係ることは企業の堕落」と、理解していたという。
「観光とは人間の生きる上での“文化行為”にほかならない」というのが須田さんの信念。例えば、ソニーを創設した井深大は、子供のころに大阪で開かれた産業博覧会で、プレス機械が鉄をたたく勇壮な姿を見て、事業家になる夢を実現させた。文化人類学者の山口昌男は、言語学者として著名なウンベルト・エーコが「文化の創造性とは、危機の時代に直面する技術だ」と語った衝撃を忘れていない。今一度、観光の本質(パラダイム)危機の時代だからこそ、見直すときが来ているように思える。
コラムニスト紹介
エッセイスト 望月 照彦 氏
若き時代、童話創作とコピーライターで糊口を凌ぎ、ベンチャー企業を複数起業した。その数奇な経験を評価され、先達・中村秀一郎先生に多摩大学教授に推薦される。現在、鎌倉極楽寺に、人類の未来を俯瞰する『構想博物館』を創設し運営する。人間と社会を見据える旅を重ね『旅と構想』など複数著す。